「対岸の火事」より「他山の石」



 私は、ギリシャのドタバタを、並々ならぬ関心を持って見ているのだが、その実、何がどうなっているのかまったく理解できていない。新聞を何紙か読んでみてもダメである。そもそも、「緊縮財政是か非か」という問いが、ひどく間抜けなものに見える。緊縮財政をしたい人間がいるわけがない。そういうものは、必要に迫られ、やむを得ずするものであって、その時、やった方がいいか、やらない方がいいかといった選択の余地など、普通はない。

 もともと、ギリシャの財政危機というのは、ギリシャが国の借金を隠していたところから始まった。その借金も、身の丈を考えずに公務員を増やし、社会保障を手厚くして、積み重なったものだったと記憶する。そのことを考えると、今回の国民投票における「緊縮財政No」という結果は、この上なく身勝手なものだ。そのギリシャを、ドイツを始めとするEUが救済するとはとても思えない。もちろん、借金が膨大であるだけに、デフォルトされると、自分の国が危うくなるといった懸念はあるだろう。だが、ここでギリシャに甘い顔を見せれば、ことは悪循環を起こすように思う。EUに突き放された場合、緊縮財政は正に選択の余地のないものとなるような気がするのだが、違うのだろうか?自信満々なチプラス首相の顔を見ていると、多分、私が理解できていないだけなんだろうなぁ・・・?

 そもそも、日本のように自国で通貨を発行しているわけではないEUで、通貨はどのように供給されるのだろうか?なぜ、EUが見放すことが、ユーロからの離脱になるのか?もしもユーロから離脱してドラクマが復活したら、緊縮財政を取らないためには猛烈な勢いで通貨を発行しなければならず、それはハイパーインフレを引き起こすことになると私は思うが、この考え方は正しいのかな?・・・なんだか、今さらながらに分からないことだらけだ。

 さて、理解できないと言いながら、なぜ私が強い関心を持ってギリシャのニュースを見ているかというと、明日は我が身だ、と思うからである。ギリシャがEUから受けた援助は、たかだか33兆円(←これ、本当に総額かな?)。かたや日本の借金は1000兆円超。ギリシャの人口が日本の10分の1弱で、1人あたり国民総所得が日本の2分の1強であることを考慮したとしても、日本の借金の方が圧倒的に大きい。今年度の場合、一般会計96兆円のうち、37兆円は借金である。一方、歳出における国債(利払いを含む)の償還費用は23兆円強に過ぎない。利子が付くにもかかわらず、新たに発行する国債の額の方が、償還費用より大きいということは、今後、償還期限に達する国債が飛躍的に増えることを意味するだろう。

 日本の国債について楽観論を唱える人は、その大半を日本人が買っているからであることを指摘する。しかし、それはしょせん義務でない。人々が、「もう買わない」と言った瞬間に国家財政は破綻するのである。もちろん、国債を大量に持っている人々は、国家財政が破綻し、デフォルト、もしくは踏み倒しに遭うと困るので、国債を買い続ける必要がある。利子は確実に入ってきて、資産総額は増えていくだろうが、果たしてそれを資産運用と言うのかどうか・・・?

 借金の理由を、社会保障費の増大などと政府は言うが、それ以前に、ここで借金してでも投資すれば景気が回復し、借金は返せる、と言いながら、湯水のように無駄金を使ってきたことの結果が1000兆円超だ。ギリシャ対岸の火事ではない。ギリシャには、それでもEUが背後にあって、この期に及んでも支援への期待を持っていられるが、日本が同様の事態に陥った時、支援してくれる組織があるとは思えない。対岸の火事より他山の石。ギリシャを見ながら自分たちを見つめ直して、節操のない浪費と分不相応な贅沢から足を洗わなければ・・・。