名匠・秋山和慶



 昨夜は、仙台フィルの第293回定期演奏会に行った。お目当ては、指揮者の秋山和慶。曲目は、カリンニコフの交響曲第1番とチャイコフスキーの「悲愴」であった。

 秋山氏はコンクール入賞歴が無く、スクーターでヨーロッパに飛び出したなどという逸話にも事欠く。ヴァンクーヴァーという田舎での仕事が長く、日本でも東京交響楽団や広島交響楽団といった亜流(失礼!)との関係が深かった。ウィーンフィルベルリンフィルの指揮台にも立ったことがない。そのため、同じ斎藤秀雄門下生の小澤征爾などと比べると知名度が低く、とても地味な人である。しかし、コンクールの入賞歴がないのは、あまりにも早い時期から活躍の場があったために、コンクールに出場する必要もその暇もなかったからだし、ベルリンフィルからは3度招待されながら、既に入っていたスケジュールをキャンセルしなかった結果として、指揮台に立てなかっただけのことである。つまり、実力・人間性ともに非凡だったからこそ、知名度という世俗的な部分でポイントが上がらなかったわけだ。昔から私は、とても堅実で職人的な仕事をする大巨匠として、大きな敬意を抱いてきた。

 秋山氏の演奏会に行ったのは、かつて4度に過ぎない(東響3回、仙台フィル1回)。CDも、我が家には1枚しかない(1984年の齋藤秀雄メモリアルコンサートのライブ)。だから、なぜ私がそんな印象を持ったのかは今一つ明瞭でないが、最も印象強烈だったのは、実演よりも、1994年に東京交響楽団の第400回演奏会でシェーンベルクの歌劇「モーゼとアロン」を指揮したときの映像であった。シェーンベルク、ましてその歌劇など私の理解が及ぶわけもないのだが、この演奏至難であろう曲と、多くの出演者を完全に掌握し、コントロールしていることのすごさというものが、全体として間違いなく私に伝わり、私を打ったのである。曲の内容や質とはまったく関係なく、演奏自体の力に圧倒されたという希有な例であろう。この時の映像は、VHSビデオに録画しておいて何度か見た。今でも手元にある。

 今年の2月11日に、指揮者生活50周年の記念演奏会というものが行われ、同月24日の朝日新聞岡田暁生氏による評が載った。実際に演奏を聴いていないので内容について確かなことは言えないが、表現も含めていい評だと思った。ちょうどこの時期、7月に久しぶりで仙台フィルに客演することを知って、私は昨日の演奏会を最優先のスケジュールとしたのである。

 指揮者生活50周年と言うが、実は、起点をどこに求めるかは難しい。プロとしてデビューする前に、アルバイトでアマチュア吹奏楽団や合唱団の指揮をしているのは普通のことだろうし、プロオーケストラの指揮台に1回契約で立つのと、常任指揮者なり音楽監督として自分のオーケストラを持つのでは、次元の違う話だからである。秋山氏の場合は、東京交響楽団の専属指揮者になった時らしく、それは23歳の時。これはとても早い。若くしてデビューした指揮者として、8歳でニューヨークフィルを指揮したロリン・マゼールに勝る人はいないだろうが、その彼が常任のポストを得たのは、おそらく20代の後半である。

 今月に入ってから、『ところで、きょう指揮したのは? 〜秋山和慶回想録』(アルテスパブリッシング、2015年)という本を読んだ。冨沢佐一という中国新聞の記者が、秋山氏の回想をまとめる一方、他人の視点で補筆した本である。秋山氏本人が存命であることもあり、悪いことなど書けないので、もしかすると多少の潤色もあるのかも知れないが、本当にすごい人だと思った。圧倒的な音楽的能力と、斎藤秀雄に叩き込まれたバトンテクニックにより、オーケストラからも共演するソリストからも絶大な信頼を得てきた。職人とは言っても、同じことを繰り返しながら長い年月を費やして芸の質を高めてきたという人ではない。抜きんでた才能と、不世出の音楽教育者との出合いによって生み出された奇跡の果実なのであり、誠実・堅実で奇を衒うことのない仕事ぶりこそが、職人と言われる所以なのだ。

 さて、昨夜の仙台フィル。「悲愴」の第1楽章こそアンサンブルの乱れが多少気になったが、全体として期待が裏切られることはなかった。カリンニコフが終わった時には、演奏会1つを丸々聴き終えたような充実感があった。こうなると、細々とした分析めいたことを書く気にならない。私がひどく納得し気に入った、岡田暁生氏の言葉を借りよう(前述の朝日の評)。

「彼にはどんな難所も汗一つかかず、飄々とクリアすることに誇りを持つ職人気質のようなものがあって、そのため逆に、実際どれだけ凄いことをやっているのかが聴衆に額面通り伝わらないようなところがあった。しかし、近年の秋山のパフォーマンスには、居合わせた聴衆すべてに、今ここにいるのが日本で今日得られる最も偉大な指揮者だということを自ずと納得させる、圧倒的な存在感がある。」

 立ち居振る舞いも指揮ぶりも、非常に若々しく溌剌としている。聞けば、秋山氏はまだ74歳。かなり昔から白髪だったので、既に80代の老巨匠かと思っていた。あと10年はその演奏に接するチャンスがあるということだな、と、嬉しくなった。

 残念だったのは、わずか800席の会場に空席が相当数あったことである。なぜなぜ、どうして?私は事情さえ許せば2日間(仙台フィルの定期は2公演)続けて聴きに行きたいと思ったけどなぁ。