投球制限を突破口に



 5日の朝日新聞「ひと」欄で、岡本嘉一さんという放射線科医(画像診断医)が取り上げられていた。筑波大学付属病院で、各科から送られてくるMRIの画像を見るのが仕事らしいが、幼いうちから肘や肩を酷使して、野球が続けられなくなる少年が多いことに胸を痛め、自ら少年野球チームを作った。練習は土日のどちらかに3〜4時間だけ、投手はいくら重要な場面でも年齢に応じた投球数で交代する。決して強くはないが、体幹レーニングなどで練習量の少なさを補った結果、創立3年目の今年はメンバーが30名に増え、公式戦で3勝をあげた。

 甲子園などでも投手に無理をさせることが問題視される時代だし、なかなか重要な問題を提起していると思う。しかも、批判をするだけではなく、医師としての考えに基づいて、自らその理論を実践するためのチームを作ってしまった所が偉い。

 今年6月3日の朝日新聞高校野球100年企画、「タイブレーク考(下)」には、昨年11月にNLB(メジャーリーグ機構)が医師らの意見を集約して作った投球数に関するガイドライン「ピッチスマート」なるものが紹介されている。小学生の場合、連投していいのは1日の投球数が20球以内の場合だけ。それ以上35球までなら中1日の休養日が必要、50球までなら中2日が必要、それ以上は小学校3年生以上という限定(1、2年生は不可)で、65球までなら中3日、66球以上なら中4日といった具合だ。今の少年野球チームで守られているとはとても思えない。

 我が子どもたちが所属する少年野球チームでも、練習と試合のスケジュールは極めて異常である。少なくとも5月以降、ほとんど全ての土日が試合で埋まっている上に、小学生ながらも、平日にナイターの公式戦が組まれていたりもする。1日に複数試合、ということもほとんど当たり前。私にとって本当に驚きだ。私が自分の中学時代から部活動が大嫌いな理由でもあるのだが、チームはメンバーに完全な服従を強いる。野球部に入れば、野球以外のために時間を使うことは許さない、とでも言っているかのようだ。

 昔はどうだったのだろう?今の子どもは弱いから、肩や肘を壊すのだろうか?それとも、野球のやり方自体が苛酷になっているのだろうか?私はやはり後者だろうと思う。そもそも、なぜそれだけ多くの試合があるのかと言えば、親の車で広域移動するからである。小学生が歩いて、もしくは自転車で、道具も自分たちで運んで移動するのであれば、試合を出来る相手チームの数は自ずから限られてくる。同じ相手とばかり試合をしていても面白くないから、そんなに頻繁に試合の予定は組まないだろう。私が小学校の時の少年野球なんて、本当に牧歌的世界だった。公式戦は年に1回しか記憶になく、他校との練習試合もまずなかった。

 ところが、世の中が無駄に暇で豊かなものだから、親の車はタクシー代わり。北から南まで宮城県内全域に相手を求め、試合が組まれる。また、身近な所(あちらこちら)にナイター照明付きのグランドがあって、小学生にでも使わせてくれる。更に、野球人口が多いため、野球は金になるとなれば、いろいろな企業がスポンサーとなって大会を主催するという商業主義の問題もある(メセナ的善意の場合もある)。携帯電話やエアコンと同じで、誰もそれらがいいか悪いかなんて立ち止まって考えたりしない。そして、野球に命をかけてきた元高校球児のような人たちが指導者となり、まったくそのペースで、目一杯のスケジュールを組む。一方、便利で安逸な生活の故に、人の体が弱くなるばかりだとすれば、故障は起こるのが当然なのである。

 「豊かさ」に惚けている人々に、それらの問題に気付けと言っても無理である。広域移動に関わる石油を燃やすことの深刻さなんて、「文明の崖」(→こちら)に直面するまで、ほとんどの人は気が付けない。子どもの健全な成長に何が必要かという議論も、なかなか一致点を見出すのは難しい。それらに意識を向けさせ、合意する困難に比べれば、肘や肩への負担に関する医師の指摘は現実的、客観的で分かりやすい。それを起点として、「部活動命」の状態が少しでも改善されるように・・・岡本さんにもっと頑張ってもらわねば。