きたれ!マグロ漁師

 半月あまり前、NHKの「明日へつなげよう〜きたれ!マグロ漁師」という番組を見た。取材の対象になっているのは、気仙沼にある宮城県北部船主協会という所である。実は昨年、中部地方のある船会社の専務さんから、「宮城県北部船主協会っていうところ頑張ってるから、ブログ見てみてくださいよ」と紹介され、時々そのページをのぞいていたのである。どうしても同じような話の繰り返しになるところがあるので、1年間、毎日見ていても刺激がある、というものではないけれど、そのブログを作っている人に対する「頑張ってるなぁ!」という敬意と共感は抱いていた。今回、その船主協会の日常が、NHKによって映像化されたのである。
 番組はとても面白かった。マグロ漁船の乗組員をリクルートする側の、気仙沼水産業をなんとかしたいという気持ち、生半可な覚悟の人間をだまして採用するわけにはいかないという思い、いい漁船員に育って欲しいという親心、船に乗る側の覚悟や、挑戦してみたいという気持ち、未知の世界への不安といった感情の一つ一つが、とてもよく伝わってきた。
 しかし、番組を見た直後にこの文章を書かなかったのは、最近、自分自身に執筆制限をかけているからというだけではない。そこまでの強い衝動を感じなかったからである。では、なぜ今日、書こうという気になったかというと、久しぶりで船主協会のブログを開けてみて、番組の舞台裏のような記事を読み、感心がさらに大きくなって執筆ラインを越えたからである。少しブログから引用する。

 
「思い起こせば
Nディレクターからドキュメンタリー番組の打診があったのは今年の1月。
1ヶ月の密着取材ということで大変悩みました。
短い取材期間の間に、放送に見合うような事があるだろうか。
他の業務もあるのに1ヶ月まるまる対応できるだろうか。
講師や船主、そして若手船員達は協力してくれるだろうか。
いろいろな不安が頭をよぎります。
一番は、
伝えるのであれば、我々の活動と若手船員の頑張りを純粋に伝えて欲しいのに
「被災地でがんばる若者」という軸だけで見られることは
若手船員に対してとても失礼なことだと思ったのです。
最終的な結論は「お断り」
Nディレクターは諦めきれないとのことなので
2月に出張で上京した際に、昼食をはさんで2時間ほどお話することにしました。
育成事業をはじめた時の思いや、苦労話などを含め、全てをディレクターにお話しました。
協力できることと出来ない事。
不安な点なども包み隠さず。
正直、「諦めただろう」と思いましたが
後日電話があり「ますます取材したい!」とのお話(-.-)
根負けしたところもありますし
当方としても、初のドキュメンタリー番組を制作することで
何か次のステップに進めるのではないかと思いはじめておりましたので
条件付きで取材をお引き受けすることになりました。
最終的に私が提示した条件は次の通り。
・カメラはできるだけ小型のものを使用すること。
・必ず許可を得て撮影すること。
・絶対に無理な撮影はしないこと。
・こちら側の判断により密着取材の中止を申し出ることができる。
東日本大震災の被災地ということを全面的に出さない事。
・育成事業はすべてこちらのスケジュールに基づいて行う。
・撮影スタッフは取材期間中、出来る限り気仙沼に駐在すること。
全てを了解していただいたうえで、ドキュメンタリー番組の長期取材が敢行されたわけです!!!
取材総日数は約50日間!
総撮影時間130時間以上!
撮影は想像以上に大変で、やはり同じ業務をやるにしても
環境が変わるというのはとても大きなエネルギーを必要とするのです。
当初は「軽く考えてたな〜」みたいな思いもありましたが
Nディレクターは取材期間中しっかりと気仙沼に駐在してくれておりますし
東京の自宅には2日しか帰っていないとのこと。
その熱意にやられ、こちらも夢中になっていったような感じです。」


 そうなのだ。私が以前から北部船主協会の動向を見ていて、そして今回、番組を見て心動かされるのは、この主体性、相手に媚びたりすり寄ったりしない姿勢、真正直に愚直に自分たちの思いを貫こうとする姿勢なのだ。マグロ漁師の生活や船員確保のための活動について盛んに発信し、地元水産業を盛り上げるのであれば、NHKが番組を作ってくれることはとても大きな魅力、願ってもないチャンスであるはずだ。それでも、冷静に状況を考え、自分たちの思いに適わないようであれば拒否する。「被災地でがんばる若者」という文脈に対する反感も、私はとても気に入った。彼らのそんな思いを受け止め、説得して同意を取り付け、番組を作り上げたNHKも偉い。得体の知れない会長と違い、現場にはこれほど真摯に「人間」と向き合うスタッフがいるのだ、という感動である。
 うっかり録画するのを忘れていたので、私は船主協会に電話をすると、DVDを送ってもらった。そのDVDは今、宮水の海洋総合科が持っている。映像は気仙沼の範囲を超えて、若手漁師の養成に力を発揮することだろう。