礼を失する

 昨日から今日にかけて、部活であった。PTA総会の代休を含めて6連休のうち、部活は2日だけだから、他の運動部に比べれば負担は軽い。
 さて、行ったのは石巻から雄勝にかけての里山である。最高峰は520mの硯上山だ。例の事故以来、気分的に面倒くさいので、今回は泊付きだったこともあり、奥羽山脈へ行くのは止めた。
 里山とは言っても、2日間かけて25㎞あまり、山の中ばかりを歩ける。1日目は石巻市の箕輪というところから、籠峰山(かごぼうやま、348m)〜上品山(じょうぼんさん、467m)〜雄勝峠〜硯上山と約17㎞。頂上近く、硯上山避難小屋の廃墟(これについては、かつて一文を書いた→こちら)付近にテントを張って泊まり、2日目は雄勝峠に戻り、そこから小萩山(こはぎやま、401m)〜京ヶ森(きょうがもり、281m)と8㎞。そこから更に沼津という集落に下り、JR石巻線万石浦駅までなので、下界も含めると、歩いた距離は2日間で30㎞ほどになる。馬蹄形に連なる里山の稜線には、「ふるさと緑の道」とか「石巻 緑のハイキングロード」として整備された、整備され過ぎ、と言ってよいほどの登山道(一部車道)が付いている。最初のピークである籠峰山で、自分たちが目指す硯上山や京ヶ森を眺めると、絶望的なくらい遠くに見えるが、逆に、硯上山や京ヶ森から来し方を眺めれば、圧倒的な成就感に満たされる。蔵王と比べて面白いとはさすがに言えないけれど、窮余の策としては得がたい山だ。雪がない代わりに杉の花粉が大量にあるものと恐れていたが、花粉は既に全て散ってしまっていたようだった。
 とてもくたびれたが、天気にも恵まれ、京ヶ森では一食分にあまるワラビもゲットして、まずまずご機嫌で帰って来た。
 ところで、昨日のこと、上品山から雄勝峠を目指して山道を歩いていた時、先頭を歩いていた生徒が突然足を止めた。何か茶色の比較的大きな動物が見えた、と言う。茶色ならば熊ではあるまい。こちらは5人もいるのだし、大丈夫、行け行け、と歩かせたところ、20mほど進んでまた止まる。生徒が小声で、「先生、何かいます」と指さす方向を見れば、確かに黒のような茶色のような動物がうずくまっている。形は見えなかったが、色と毛の質感から鹿だと分かった。生徒に「大丈夫、鹿だ」と言ったその時、鹿ははじかれたように立ち上がり、ものすごい勢いで走り去っていった。
 申し訳ないことをしたな、と思った。鹿も私たちに気が付いた。そして道を譲った。私たちが通過したら、また行動を再開するつもりだったのだろう。ところが、予想に反して私たちが足を止めた。ただの通過客ではないのではないか?自分のことを狙っているのではないか?・・・徐々に私たちに対する不安が高まり、一か八か、背中を見せて逃走した。どうも、この時の鹿の心理を想像すると、こんなところなのではないか?
 5分の恐怖と5分の好奇心から、私たちは立ち止まってしまった。これは道を譲ってくれた鹿に対して、非常に礼を失した行為だったのではないだろうか?この世で命を持つもの同士のコミュニケーションにおいて、私たちは未熟だった。
 鹿は「やれやれ、大事に至らなくてよかった」と思っているだけかも知れない。だが、どうも、私の心の中では、そんな後悔とも反省ともつかぬ気持ちがモヤモヤとしている。