空気と戦う博物館・・・ラボ・トーク第8回

 昨晩はラボ・トーク(→説明)の第8回であった。初めての土曜日開催。今回の話者は、宮城県東北歴史博物館歴博)の研究員、及川規(おいかわ ただし)さん。演題は「博物館の裏仕事〜空気と戦う文化財保存の最前線」。
 有機化学の専門家であり、高校教員をしていたこともある先生だが、この20年ほどは、さまざまな出土品や文化財が持ち込まれる博物館で、それらの劣化を遅らせ、良好な状態で後世へ引き継ぐことをお仕事にしておられる。その過程で、収蔵庫の空気の質に問題を感じた先生が、どのようにしてその原因を突き止め、改善につなげたか、というお話。
 ごく簡単に言ってしまえば、歴博の7つある収蔵庫のうち、2つだけ空気の質が酸性に傾いていて、収蔵されている物の変質を促進しているらしい、2つの収蔵庫の共通点は、内壁材としてベイスギが使われているということだ、ベイスギを分析するとヒノキチオールがたくさん含まれていて、それが元凶らしいことが分かった、というような内容である。豊富なデータを使い、研究の過程も含めて、きっちり時間どおり1時間で一般人が分かるようにお話ししてくれたのは、さすが元高校教員、という感じ(え?私に出来るかな・・・?)。
 ヒノキチオールと言えば、「木のいいにおい」の元である。ヒノキチオールが多く含まれる木は、ヒノキ、青森ヒバ、杉の赤身、ベイスギなど、建築用材として優れた物ばかりだ。虫を寄せ付けず、水分をはじく。ところが、先生の研究によれば、それが物の保存にはすこぶる悪い。
 そのベイスギを、国が博物館収蔵庫の内壁材として推奨していたというのも不思議である。おそらくは建築物を長持ちさせるという建築用材としての特性を見て、文物の保存にも優れていると勝手に思い込み、確かめることなく推奨したのだろう。「何かにいい」ことが、直ちに「何にでもいい」わけではない。物事には向き不向きというものがある。そして、人間が一度陥った思い込みから抜け出すことは、常に難しい。一般化できる教訓だ。
 ただ、私が更に面白いと思ったのは、そのような先生の研究そのものや一般的教訓よりも、博物館という場所の特性というか、研究に関する社会事情というか、の部分であった。
 と言うのは、先生が収蔵庫の空気の質に問題を感じ始めた頃、収蔵庫の内壁にベイスギを使うというのが国の推奨したやり方であった以上、歴博だけではなく、どこの博物館でも同じ問題が発生していたはずである。ところが、そのような話は聞こえてこない。どこかでの内輪話の時に、ぽろりぽろりとそんなことが語られることがあって、ようやく、歴博だけの問題ではないということに先生は気付いていく。
 博物館はどこも、館内の問題点、特に収蔵・保存に関する問題点を口外しないらしい。なぜなら、それを公にしてしまうと、他の博物館が展示物を貸してくれなくなる、文化庁から重要文化財級の文物の取り扱いを禁じられる、といった問題が発生するからだそうだ。なるほど、さもありなん!その結果として、各博物館の保存担当者が問題を共有できず、改善が遅れ、文物にダメージが生じ続ける。つまりは社会的損失が発生するのだが、博物館の事情を考えると、問題を公にしないことを非難もしにくい。難しいものである。
 そんな中で、問題点を解明し、全国の収蔵庫の問題を解決に導いた先生のお仕事はすばらしい。
 今回は、初めて、直前になっても定員が埋まらず、土曜日開催は失敗だったか、などと思いながら重い気分で当日を迎えた。ところが、やはり今回初めて、予約なしで会場に来た人がなぜか何人かいたりして、結局満席。高校生の来場も初めてであった。及川先生のお話の面白さもあって、その後の懇親会は盛り上がり、例によって2次会は、日付が変わる頃まで続いたのであった。やっぱりラボ面白〜い!