史料としての時刻表と広告

 私は非常に目が悪い。もちろん、0.1未満だ。視力検査で面倒なことになるのが嫌で、車の運転免許の書き換えが憂鬱である。幸い、今年9月の書き換えはパスできた。
 目が悪いのは、いわゆる「勉強のしすぎ」ではない。原因ははっきりしている。地図と時刻表である。地図はいつからだったかよく分からないが、おそらくは、父親が山に行くために持っていた地図や、地図に関係する書物がきっかけなのだろう。小学生、中学生の小遣いでずいぶん買った。
 時刻表は、その始まりがはっきりしている。小学校3年生(1971年)の夏休みだ。この時、宮城県名取市に住んでいた私の所に、大阪から母の友人Tさんが家族で遊びに来た。Tさんの長男は、私よりも6〜7歳上だったと思うが、鉄道マニアであった。その彼が、私に時刻表の使い方を手ほどきしてくれたのだ。以後、明けても暮れても時刻表を開いては、机上旅行にふけった。今よりも遙かに路線が多く、列車の種類もバラエティーに富んでいて面白かった。同じように手ほどきをしてくれる人がいるとして、果たして今の時代なら、時刻表を面白いと思っただろうか?ちょっと想像できない。
 私が自分で使っていた時刻表として、今も手元にあるものの中で最も古いのは、1974年7月(湖西線開業)号である。仙台市内のどこかのデパートの古本市で、偶然安く見付けた1970年4月号というのが、自分で使ったかどうかを別にすれば、我が家にある本物の大判時刻表としては最も古い。
 世の中に時刻表マニアは相当数いるらしく、古本価格が低迷する現在にあって、平均して最も確実にプレミアが付き、高価に取引されているのは時刻表ではないか、と思う。私も、なんとか東海道新幹線開通前の時刻表を手に入れたいと思って、ずいぶん探したことがあったが、滅多に売りに出ないだけではなく、あまりにも高価で手が出なかった。復刻版ですら、数万円の値が付いているものが珍しくない。
 そんな悩める時刻表ファンを意識してか、今年の10月から、「鉄道時刻表コレクション」なるシリーズの刊行が始まった。なんと、隔週1冊ずつ完全復刻版の時刻表が付き、解説冊子とセットで1990円。本当に完全復刻の時刻表が付いてくるのであれば、これは破格だ。ところが、とりあえず100号まで出す、定期購読も受け付けている、と書いてありながら、発売元であるDeAGOSTINIという会社のHPを探しても、この商品が見付けられない。ネットでこの商品について調べてみると、宮城県静岡県だけでの試験販売で、11月27日に第6号を出して休刊になった、という情報にぶつかった(ブログ「Kボーイの根岸線日記」10月11日記事に12月7日追記)。え!?いったいどういうこと?どうして宮城と静岡なの?私は、今までに出た6冊のうち、2冊は実物を所有していることなどあって、とりあえず第1号〜第3号までの3冊だけ買った(付録の復刻時刻表で言うと、1964年10月=マニア垂涎の東海道新幹線開業号、1970年3月=万博特集、1968年(昭和43年)10月=「よん・さん・とお」と呼ばれる歴史的ダイヤ大改正号、である)。
 それでも、「よん・さん・とお」や新幹線開業といった資料的価値が高く、以前から欲しいと思っていた時刻表の復刻版が手に入ったのはよかったのだが、帰宅後開封して時刻表を開いてみて愕然とした。「完全復刻」を歌っていながら、広告のほとんどが削除され、ブランクに「広告スペース」とだけ印字されているのである。え〜っ?広告も含めて史料としての時刻表だろ?
 そんなショックを受けていた時、山梨から帰って、先日の記事(「軽井沢−横川の今」)を書くために我が家の書架にあった中から1985年3月号を手に取った。どうしてもこの号がよいという理由はなく、長野新幹線開業前のもので最も取り出しやすかっただけである。
 偶然目に入ったのだが、裏表紙全面に、日本デジタル研究所によるワープロ「文作α」というものの広告が載っている。コピーは「仕事で使うワープロだから、とびっきりやさしくしました」というものだ。ブラウン管式の仰々しい機器の写真が載っているが、販売価格は書かれておらず、なんとびっくり、カラー漢字プリンターを含めて、5年リース149万円(月約3万2千円)、という値段が表示されている。消費税導入前なので、税別も税込みもない。あまりにも高価で購入する人などいないため、リース料金だけの表示になっているのだろう。5年で149万円ということは、1年でほぼ30万円。そこそこのノートパソコンが2台買える。最安の機種なら4〜5台買えるだろう。もちろん、今のPCの方が圧倒的に高性能だ。そういえば、1987年だったか、所属していた研究室で学会誌の編集用にワープロを購入したところ、文学部全体から人が見に来たことがあった。なるほど、ワープロがそれだけ希少であり貴重だったのだ。そのことを裏付ける重要な広告(史料)である。
 そう、広告というのは正に歴史的史料であり、生々しくその時代を映すものである。時刻表だからといって、鉄道の時刻だけが分かればいいわけではない。コレクションがどのような理由で早々休刊になったのかは知らないが、もしかすると、完全復刻を言いながら、不完全な復刻版を作ってしまったことなどもあったりするのではないか。定期購読を予約した人たちはどうなったのだろうか?他人事ながら少し気になる。