小さな「最終講義」

 卒業式の後はHRである。塩釜高校の卒業式は、クラス代表だけが式場で証書を受け取るので、生徒一人一人は教室で担任から受け取ることになる。その儀式が行われる前、担任と副担任が、最後の「お言葉」を述べることになる。まずは担任T先生が、学級通信を配ってお話をした。その後は副担の私だ。次のようなことを話した。

「卒業おめでとう。実は私も、先ほどT先生が配ったようなプリントを用意しようかな、と、昨日さんざん考えたんですよ。だけど、止めました。担任よりもすてきなプリントが出来て、目立っちゃうような気がしたからです(笑)。
 皆さんに対して言わなきゃダメなことは、授業で全て言ってきたつもりなので、今更話をすることはありません。だけど、たぶん、授業でやったことを憶えている人もほとんどいないだろうから(笑)、ほんの少しだけ復習をしておこうと思います。
 私は授業のオリエンテーションで、勉強は世界を広げるためにするのだ、と言いました。世界を広げるというのは、塩釜から宮城、日本、世界というような横の広がりだけではなく、過去の歴史を学び、数十年後、数百年後を考えるという縦、時間の広がりについてもです。なぜそれが必要かと言うと、それができなければ、人間は今の自分の利益になるかどうかだけを基準に判断することになり、そうすれば後の時代をめちゃくちゃにすることになってしまうからです。
 世の中には、今の利益と将来の利益は矛盾する、という困った法則があります。例えば、今いい暮らしをするだけなら、借金をするのはいいことです。だけど、それをすれば、やがて返済に苦しむことになります。利子が付くので、返すのは借りた以上に大変です。また、石油を燃やせば便利で快適な暮らしが出来ます。だけど、それをしてきた結果として、人間は温暖化という大きな問題にぶつかっています。そういうものなんです。
 卒業式ということで、多くの大人達は、皆さんの目の前に素晴らしい未来が広がっているかのようなことを言うでしょう。私はぜんぜんそうは思いません(笑)。皆さんが生きていくこれからの時代は、大変な時代になります。日本や世界の政治情勢を見ていても、温暖化をはじめとする自然環境の問題を見ていても、以前は、私が生きている間くらい平和な時間が続くかな、と思っていたけど、今では、私自身が相当厳しい状況を目撃することになりそうだ、と思うようになっています。
 今、目の前の利益ばかり考えて生きていると大変な問題が起きる。大変な問題が起きた時に、それを乗り越えるための方法は、目の前の問題を解決させる考え方をするのではなく、時間を超えて通用するような考え方をすることです。そのためにも、広い世界が見えていなければならないんです。それが勉強するっていうことです。
 私は授業その他、学校生活の全ての場面で、おそらくは他の先生方とは違う物の見方や考え方を伝えてきました。私が皆さんに言ってきたことの本当の意味というのは、向こう数年間では分からないだろうねぇ。10年後なのか、30年後なのか、50年後なのか、いや皆さんが死ぬ時なのか、それくらい先になって、あぁ、やっぱり平居の言っていたことは正しかった、と思ってもらえるのではないか、と思っています。ぜひ、あの変な人が(笑)言っていたことが何なのか、それを考え続けて欲しいと思います。元気で頑張って下さい。」

 みんないい顔をして卒業していった。よかった、よかった。