仙台国際音楽コンクール

 今日は仙台国際音楽コンクール(SIMC)・ヴァイオリン部門の入賞者ガラコンサートというのに行っていた。既に有名な話かと思うが、仙台では2001年から3年に1度、協奏曲を課題曲の中心とするピアノとヴァイオリンのための国際コンクールを開催している。今年の運営委員長は音楽学者の海老沢敏、ピアノ、ヴァイオリンそれぞれの審査委員長は野島稔、堀米ゆず子、審査員としてはアンドレア・ボナッタ、野平一郎、ジャック・ルヴィエ、ミヒャエル・シェーファー(以上ピアノ)、堀正文、ボリス・ベルキン、ギドン・クレーメル(以上ヴァイオリン)など、私でも名前を知っているそうそうたるメンバーが名前を連ねる。過去には、ピアノではエリソ・ヴィルサラーゼダン・タイソン、ペーター・レーゼル、ヴァイオリンではトーマス・ブランディス、ジャン・ジャック・カントロフ、ダニエル・ゲーデといった人たちも来ていたと記憶する。
 協奏曲が中心。セミファイナルでは、出場者がコンサートマスターとして席に座り、ソロパートのある部分を演奏するという変わった審査もある。これらによって、現在世界中にいくつあるのか分からないほど増えた音楽コンクールの中で差別化に成功し、世界各地から相当数の出場希望者を集めることに成功している。
 恩田陸蜜蜂と遠雷』を読むまでもなく、コンクールには様々なドラマがあるだろうとは容易に想像できる(→参考記事)。いったいどのような人が評価されるのか、私の耳と審査員の耳はどう違うのかなどにも興味があって、1次予選からファイナルまで全て聴き通せばさぞかし面白いだろうと、以前から思ってはいたのだが、なかなかそんな時間を取れるわけもなく、ついに一度も会場に足を運ぶことがないまま、20年近くが過ぎた。そしてついに今年、ようやくヴァイオリン部門の入賞者コンサートだけ行けることになったのである。
 これはミステリー・ツアーである。なぜなら、出演者は「SIMCの入賞者」とのみ決まっていて誰だか分からず、曲目も前日、コンクールの結果が出た後にしか発表されないからである。誰が入賞するかは、どうせ知っている人なんかいないのでどうでもいいのだが、曲には興味があった。特に最近はショスタコーヴィチに凝っていたので、ショスタコーヴィチの協奏曲を聴きたい、あるいは、オーソドックスだけど久しぶりでベートーヴェンの協奏曲もいいな、などと妙にワクワクしていた。
 昨夜、SIMCのホームページで初めて演奏者と曲目を知り、期待していたどの曲も含まれていなかったので、少しがっかりしながら、雨の中を会場に向かった。
 今年のヴァイオリン部門は、7回のコンクールの歴史の中で初めて1位が出ず(該当者なし)、審査員特別賞も該当者なしという波乱の大会となった。その結果、今日のガラコンサートには、2~4位の3人が出演することになった。演奏順に、次のとおりである。
 4位 北田千尋(日本) メンデルスゾーン
 3位 友滝真由(日本) プロコフィエフ 第1番
 2位 シャノン・リー(アメリカ・カナダ) バルトーク 第2番
  オーケストラは高関健指揮の仙台フィル
 残念ながら、と言うべきか、私の心の中での波乱は起こらず、順位どおりの実力だと思わされた。シャノン・リーは技術の確かさから言っても、音の美しさから言っても、表現力から言っても、圧倒的だった。この人だけがプロとして、例えば仙台フィル定期演奏会に登場して違和感のないレベルだった。2位と3位、3位と4位の差は歴然としていると思ったが、一方、シャノン・リーが1位を取れなかったというのは、このコンクールの厳しさを表していると思ったし、5位以下にもそれなりに実績のある出場者がずらりと並ぶのに、4位でこれなら、5位以下(41人出場)はかなり悲惨だな、本当かな?とも思わされた。まぁ、日頃私が演奏会に行った時に目の当たりにするプロは、このようなコンクールでの入賞歴の上に経験を積み重ねてステージに立っているわけだから、コンクールに入賞したばかりのいわば「新人」に物足りなさを感じるのは、当然と言っていいかもしれない。完全にプロとして自立している人の偉大さを改めて思った。
 指揮台の周りに花が飾られていたくらいで、審査委員長のお話もなく、拍手もあっさりしていて、意外に淡々とした演奏会だった。来年、都合が付いたらまた行く気になるかなぁ?ちょっと微妙な気分だ。