やっぱり「英雄」!

 毎日、本当に気持ちのよい秋晴れが続いている。天気予報を見ながら、日本海側に曇りや雨のマーク、太平洋側に晴れマークがずらり並ぶのを見ると、冬の到来を実感する。申し訳ないけど、やはり太平洋側はいい。昨晩の月食も美しかった。
 こんな日は「さあ、牧山!」と言いたいところだが、今日は母親の生活支援の日。ただし、朝早めに行って、買い物や、洗濯物干し、外の掃き掃除などを済ませ、母と一緒に昼食を取ると、午後は早々に仙台に向かった。仙台フィルの第350回定期演奏会があったのである。鈴木雅明指揮で、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」序曲、モーツァルトのバイオリン協奏曲第3番(独奏:北田千尋)、そしてベートーヴェンの「英雄」。もちろん、私の目当ては「英雄」。ほとんど「英雄」皆勤賞に近い私は、これで一体何回目の「英雄」なのだろう?(→参考記事
 びっくり!満席である。厳密に言えば、数席は空きがあったのかも知れないが、チケットが完売でも欠席者というのは必ずいるものなので、おそらく、幾つかの空席も売れた席であっただろう。収容数わずか800名のホール(青年文化センター)が会場であるにもかかわらず、残念なことに、仙台フィル定期演奏会の満席は非常にまれである。今日の来場者が何に引かれてやって来たのかは分からない。が、いずれ鈴木雅明氏か「英雄」であるかには違いない。
 鈴木雅明という人は、いかにも古楽演奏家らしく「学者」である。わずか15分のプレトークでは、とても3曲について解説したいことが尽くせない、といった風であった。私はプレトークなど余計であり、基本的に音楽家は音楽だけで勝負してくれればいいのに、と思っている。しかし、鈴木氏のような「学者」には、逆に、プレトークなどという中途半端なものではなく、演奏会の前に1時間でも2時間でも時間を取ってレクチャーしてくれたらいいのに、と思う。
 今日、プレトークで初めて知って驚いたのは、現在、私たちが耳にする「真夏の夜の夢」序曲が、オリジナルより32小節少ない改訂版であるということである。メンデルスゾーン自身が、後から×で削除してしまったのだそうだ。このことは『名曲解説全集』にも載っていない。今日の演奏は原典版で行われた。鈴木氏は、聴いていてどこが消された32小節か気付いた人は相当な通だ、と言っていた。私には、「ここかな?」というところがないわけではなかったが、小説数を数えてなどいられず、結局よく分からなかった。
 モーツァルトは、元々古楽演奏家である鈴木氏が、ヴァイオリンを5プルト(10人)も使っていたのが意外だった。独奏は平凡。しかし、アンコールはよかった。独奏者だけではなく、ヴィオラ首席の井野辺大輔氏との二重奏(ロッラ「VnとVcのための二重奏曲第3番」第3楽章のチェロパートをヴィオラで演奏)だったのだが、これは音楽の喜びにあふれていた。私には、第7回仙台国際音楽コンクール(2019年)第4位で、まだまだ駆け出しの独奏者よりも、井野辺氏の方が数段上手(うわて)に思えた。
 「英雄」はとてつもない熱演。67歳の鈴木氏がこれほど暴れて大丈夫だろうか、と心配になるほどだった。もっとも、この「英雄」とマーラー交響曲第9番には駄演というものがない。この曲を前にして、音楽家たるもの、襟を正さずにはいられないからであろう。第4楽章のピチカートで演奏される最初のテーマに、大きくリタルダントをかけたのには驚き、第4楽章はテンポを揺らさずに流れるように演奏して欲しいなぁ、と思ったが、幸い、その後は作為的な解釈でなく、最後まで気持ちよく聴くことができた。やはり、人類の財産と称するに足る本当によくできた音楽だ。