NHKの変質

 昨日、今回の参議院議員選挙との関係でN国(=NHKから国民を守る会)という存在について触れた。その際、「NHKという放送局に、いろいろと問題があることは私も承知しているつもりである」とも書いた。
 先日、親しい友人とこんな話をした。2人とも認識が一致していたので、重ね合わせて一つの会話の形にする。

「NHKに問題があることは前々から分かっていたつもりだけど、どうも最近『悪さ』の中身が違うんじゃないかなぁ。以前は、政府に対して肯定的な立場での報道が気になったけど、最近は、政治の話題を避ける方向に進んでいるんじゃない?『政府より』より『政治を避ける』の方がよりいっそう露骨だよね。
 僕は、夜7時のニュースで、その日の出来事をざーっと確認しておくことにしていたんだけど、最近、参院選の最中だっていうのに、誰が殺されたとか、お笑い会社の内輪もめとか、非常に下世話な話に時間を費やしている。そして、半ばが過ぎた頃になってようやく参院選だ。しかも、各候補や有力議員による演説をつぎはぎしているだけで、それらの政党が過去数年間に何をしてきたのか、というような検証は全然ない。
 人々が好奇心を持って見るような話をいくら報道したって、公共放送としての役割なんか果たしたことにならない。みんなが求める報道をするんじゃなくて、民主主義の健全な発展・維持のために必要な報道が何かを考え、それをするのが公共放送のはずだ。科学や芸術、個人の生き様に関するような番組には、非常に優れたものを作る力量があるのは確かで、その点において僕はNHKを高く評価してるんだけど、やっぱりそれはそれ、これえはこれだよなぁ。」

 私がこのことを気にするようになったのは、今春くらいからだと思う。気になり出すと猛烈に気になる。気になるというのは、この場合「不愉快」ということだ。何を今更、という人もいるかもしれないが、私は、この変質によってNHKは以前よりもずっと悪くなった、と思っている。
 もちろん、この不満は、N国がNHKに対して持っている不満とは内容的に異なる。NHKは壊すのではなく、みんなで上のような批判をすることで、健全な公共放送への道を歩ませることこそ必要だ。それが難しいのは、政治を健全化するのが難しいのと同じことである。
 それよりも誰か「スマホから国民を守る会」、もしくは「スマホから子どもを守る会」でも作らないかな?私はそっちの方がはるかに大事だと思うよ。もっとも、それはNHKのように組織との対決を必要とする問題ではなく、大人が子どもにそんなものを持たせなければ済むだけの話なのだけれど・・・。