オアハカのマリンバ

 日曜日の午後、家族で「石巻復興祈念音楽会」というのに行った。会場は、今春開館した新しい石巻総合文化施設(マルホンマキアートテラス)である。いつぞや書いたことだが、本当は3月の下旬、野村萬斎狂言公演をこけら落としとして開館することになっていた。私は抽選で貴重なチケット(招待券)を入手したのだが、コロナ問題で延期となった。こけら落としが延期になったから開館も延期になるのかと思っていたら、既に予約が入っていた数々の公演を全て中止・延期するわけにはいかなかったのだろう。こけら落とし=会館セレモニーがないまま、後から後からいろいろなイベントが行われている。しかも、こけら落とし公演は中止ではなくて延期なので、チケット所有者はそのまま保管しておくようにという葉書が届いた。既に5ヶ月。こけら落とし公演はいつ開かれるのであろうか。なんだか間の抜けた話である。
 というわけで、今回出かけたのは、石巻の新しいホール(約1200席)を見てみたいという気持ちも強くあった。しかし、音楽会である以上、それが主目的にはなり得ない。
 プログラムは、前半が大森香奈のマリンバ演奏、後半が石巻市交響楽団によるベートーヴェン「田園」(藤岡幸夫指揮)であった。私はどちらもそれなりに楽しみにしていた。それでも、あえて無理矢理子どもを連れて行こうと思ったのは、前半があったからである。オーケストラの演奏など聴く機会はいくらでも作れるが、マリンバのいい演奏を聴ける機会は少ない。
 実は、私はマリンバファンである。強烈な体験がある。1988年10月17日のことだった。場所はメキシコの地方都市オアハカ。標高約1500mに位置し、メキシコで最も気候がいいといわれている高原都市である。メキシコの町は、どこも中心にソカロという広場があって、人々が昼寝や散歩をしたり、物を売ったり、芸を披露したりしている。
 夜のオアハカは、そよそよと乾いた風が吹いていて、本当に気持ちが良かった。散歩がてらその日何度目かソカロに行ったところ、音楽が聞こえ、人だかりがしていた。私はその中に潜り込んだ。人をかき分けて見えるところまで近づいてみると、4人の男が各自何本ものバチを振り回してマリンバの合奏をしていた。私は一瞬にしてその世界に引き込まれた。それから30分あまり、私は手に汗握ってその音楽に没頭していた。おそらくは、地元のただのおじさん達なのだろうが、先月見たジプシー映画(→こちら)の中のドイツ人のように、このマリンバ合奏を日本に連れて行って縦断コンサートでもやってみたいと思った。間違いなく、私の人生の音楽体験の中でベスト5に入る。
 以後、マリンバを聴く機会があれば駆けつけ、録音もあれこれと探したけれど、あのオアハカの合奏を上回る、いや、そこまではいかずとも、同じように、いやいや半分くらいも熱中できる演奏に出会ったことはない。
 大森香奈という人は、おそらくそれなりの一流演奏者である。まだ40歳になるかならないかくらいであるが、経歴を見れば、イタリア国際打楽器コンクール優勝ほかそうそうたる入賞歴、共演歴が並んでいる。それでもダメだった。もっとも、演奏だけの問題ではなく、彼女が話をする時に、自分が主語である動詞の全て(本当に全て=100%!)に「~させていただく」を付けるのを聞いていて具合が悪くなった、という事情もある。音楽家なのだから、話なんかしないで、演奏だけしてくれればいいのに。
 また、私にとって、マリンバとはラテン音楽のための楽器というイメージが染みついていて、ディズニーとか鬼滅の刃とかを受け付けないという問題もある。私にとって、マリンバは思い出の中だけの楽器であり続けるのだろうか?なんだか、生涯、私はあのオアハカマリンバから抜け出せないような気がしてきた。今、当時のオアハカマリンバを聴いたら、やはり熱狂できるのだろうか?
 藤岡幸夫という指揮者は、以前から一度聴いてみたいと思っていた。石巻市交響楽団という、音を出すことに関しては(←特にアマチュアの場合、これが人の心を動かす力と比例しないことには注意が必要)日本で有数の下手なオーケストラも、一流の指揮者が指揮台に立つと「化ける」のではないか、というわくわく感もあった。
 それなりに上手で、十分に「田園」として楽しめたけれども、仙台フィルと藤岡氏が首席指揮者を務めている関西フィルのメンバーが何人か(10人くらい?)助っ人に入り、石巻市交響楽団の音ではなくなっていた。これでは「化けた」かどうかも分からない。