アマチュア・オーケストラ万歳!

 一昨日の午後、ちょっとした仕事で仙台に行った。ダイエット中、少しでもエネルギーを使った方がいいと思い、時間があるからと駅まで歩いて行くことにした。我が家からは、多少速めに歩いて20分である。
 途中、あるお店の扉に石巻市交響楽団の演奏会ポスターが貼ってあった。少し気になって立ち止まってみると、「明日(つまり昨日)」だ。曲目を見て目を疑った。チャイコフスキーのピアノ協奏曲とベートーヴェンの「英雄」である。「英雄」もともかく、チャイコフスキーのあの難曲を弾くことが出来るピアニストを連れてくることが、この市民オケになぜ可能なのか?と思ったのである。ピアニストの名前は杉元太と書いてある。知らない。このピアノ協奏曲は、オーケストラにとっても難曲。そもそも、変ロ短調=フラット5個の楽譜を見て憂鬱にならないアマチュア奏者は少ないはずだ。ちなみに指揮者は佐藤寿一。全国区とは言い難いような気がするが、仙台や山形ではそこそこ有名なプロの指揮者である。
 このアマチュア・オーケストラの演奏会に、私がかつて何回足を運んだことがあるのかは定かでない。記憶しているのは、4年前の夏、佐渡裕+スーパーキッズ・オーケストラの演奏を聴きに行った際、前座としてこのオーケストラが登場して聴いたことがある、というだけである(→その時の記事)。後から聞けば、私が30年あまり前に石巻市民になった時には、既に存在していたようなので、聴きに行ったことはあるが印象には残っていない、という可能性もある。少なくとも4年前の印象では、キーコ・キーコという、数あるアマチュア・オーケストラの中でも最低レベルの音を出している団体である(←アマチュアの場合、これが直ちに悪いとは言えない。大切なのは、メンバーが音楽を楽しんでいるかどうかである。)。
 ともかく、特に予定のない日曜日だったし、何しろ「英雄」は私の最も好きな曲だし(→参考記事)、会場は我が家から歩いて10分もかからない中央公民館だし、本当にあのオーケストラにチャイコフスキーのピアノ協奏曲が演奏できるものなのか、杉元太とは何者なのか、といった様々な事情と興味とによって、聴きに行ってみることにした。
 気の毒だけど、100人も集まれば「御の字」だろうな、と思いつつ、開演10分前に着いたらほぼ満席になっていた。狭いアリーナで、フロアにオーケストラも並ぶので、客席はせいぜい400くらいだったと思うが、それでも満席はびっくりだ。一番後の隅に、ようやく座ることが出来た。
 うかつにも、会場でもらったプログラムで、ピアニストが東松島市出身であることを知った。まだ27歳。ポーランド国立ショパン音楽大学に留学中で、名もなきコンクールながら優勝歴もある(第1回ダヌビア・タレント国際音楽コンクール=ハンガリー)、れっきとしたプロ(の卵)である。なるほど、チャイコフスキーが弾けるわけだし、このアマチュアオケが呼べるわけだ。終演時、指揮者が自虐的に「こんなにお客さんが来て下さったのは杉元君のおかげです」と言っていたが、確かにそうなのだろう。まさかチャイコフスキーが終わったとたん、ぞろぞろ席を立つということはなかったけれども、多くの人はこの「地元の英雄」を一目見ようと集まってきたようだった。
 ピアノはとてもよかった。期待していなかったということもあるが、驚くほど優れた演奏だった。技術的にも確かで、本当に大丈夫かな?とはらはらすることもなかった。「地元の英雄」による割引なしで、私は感心しながら聴いていた。仙台フィル定期演奏会に登場しても、決して不思議ではない。
 一方、オーケストラは?これが非常に不思議だったのである。確かに、下手と言えば壮絶に下手だ。一人一人が下手な上、人数が少なくてごまかせない(ヴァイオリンが各パート8、ヴィオラが4、チェロが5、コントラバスが4)。音が外れたり止まったりも頻繁に起こる。ところが、なぜか音楽が魅力的に流れて聞こえるのである。いかにもアマチュアらしい必死の演奏が感動を呼ぶ、という風でもない。チャイコフスキーではピアノのおかげ、と思うことも出来たが、「英雄」はそうはいかない。曲の力、と言えば、確かにそのとおり。だが、曲を邪魔する演奏というものは確かに存在する。しかし、私は本当に気持ちよく最後まで聴くことが出来た。会場を出る時には、いい音楽を聴いた、という余韻が尾を引いていた。もしかすると、モヤモヤした気分で帰って来たあのウィーンの「英雄」(→こちら)よりも、私の心を動かしたかも知れない。なぜかはいまだに分からない。
 どうでもいいことだ。そのような「理解」を超えて存在しているのが音楽だ、ということにしておこう。