精神病とコロナ

 沖縄県うるま市の病院で、新型コロナのクラスターが発生し、65人ほどの死者が出たらしい。感染者が、ではない。死者が、である。これは、東京都で1日あたり感染者が5000人を超えたというニュースよりも深刻なことのような気がするが、新聞でもなかなか探せず、テレビのニュースでも目にしない。なんだか変だな、と思っていたところ、ネットでそれが介護が必要な高齢者や精神病患者を受け入れている病院だということを知って合点がいった。
 7月31日、ETV特集「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」という番組を見た。その番組を見ていなければ、合点はいかなかっただろう。
 世界の精神病床の約2割が日本にある。なのに、その中のことについて私たちは無知だ。番組で明らかにされたのは、その驚くべき実態である。医師の数が精神科以外の診療科と比べ3分の1、看護師が3分の2しかいない。元々手のかかる患者なのにスタッフが少ないので、人権侵害というような扱いをする(せざるをえない)ことも多い。その患者が新型コロナ感染症にかかったとなると、医療スタッフのいうことを理解したり守ったりすることが出来ないことから、感染症対応の病院に受け入れてもらえない。対応に困った病院は、陽性者と濃厚接触者である同室者を病室から出さない、或いは、陽性者だけをひとつの部屋に隔離する、といった対応を取る。当然、同室者はいくら陰性でも、座して感染を待つような状態に置かれるし、番組で取り上げていた隔離部屋の生活環境の劣悪さは、本当に2021年の日本なのか?と驚くようなものである。
 メモを取りながら見ていたわけではないので、必ずしも文言が正確ではないが、番組の中で語られていた東京都最大の精神科専門病院=松沢病院の前院長の言葉を並べてみよう。

「精神病患者が病気になったときに受けられる医療は、それ以外の人たちが受けられる医療と比べて、明らかに劣っています。」
新型コロナウイルス感染症は、見て見ぬふりをしてきた問題(=精神病患者に対する差別的扱い?)を明らかにしました。」
「世の中の人々は、怖いものを見たくないんです。だから、精神病患者を壁の中に閉じ込めて、自分の問題とは考えないんです。」
「世の中で何か起きたときに、ひずみは必ず脆弱な人の所に行きます。」

 これくらいで十分だろう。
 調べてみれば、うるま記念病院は、精神科だけではなく、内科も持っている病院である。それでも、どうしようもなかったのだ。そして、起こっている出来事が深刻・重大な割に大きく報道されないのは、まさしく世の中が面倒な問題から目を背けるという、松沢病院前院長の言葉の正しさを証明しているのではないか?
 番組には、どうしてこの人が普通の社会で生活できないの?と思われるような人も何人か登場した。その人たちは20年も30年も退院できず、病院の中に閉じ込められている。病院が閉じ込めているのではない。元精神病患者を世間が受け入れないために、やむを得ずそこにいるわけだから、閉じ込めているのは世の中全体だ。
 実際を知るわけではないので、軽々しくは言えないが、うるま記念病院でも、そうして出るに出られず、感染症が発生しても逃げるに逃げられない、治療も受けられない人々が、まるで檻の中で火事に焼かれるように感染し、死んだのだろうと思う。胸が痛む。
 人間が不都合なものから目を背けるという性質は非常に普遍的であり、戦時中や温暖化に対するだけではない。「見て見ぬふりをしてきた問題が明らかに」なったことで、少しでも改善に向けて進めるといいのだけれど・・・。おいマスコミ、こういうことこそ大々的に報道しろよ。