盆踊りと「キネマの神様」

 昨日は、町内会の盆踊りがあった。諸般の事情で、今年から三つの町内会が合同での開催となり、場所も今春オープンした石巻南浜復興祈念公園内の広場となった。三つの町内会のうち二つは被災地の中の被災地と言ってよいような町内会で、地区内には大きな災害公営住宅が建つ。しかも、会場が復興祈念公園だ。世の中の人々、マスコミが喜びそうな要素がてんこ盛りである。
 事前に、町内会報だけではなく、一般紙にも予告が出た。そのためだろうか、わざわざ車で多くの人が来ている。こんなことのために車でやって来るという脳天気さの中に、私の温暖化問題に対する悲観はある。
 それはさておき、コロナの感染拡大が深刻だということで、数日前に、屋台の類いが全て中止になった。残ったのは盆踊りと抽選会だけである。18時に始まり、抽選会が19:15ということだったが、盆踊りだけで1時間15分は厳しいなと思ったので、18:45頃に行った。まずまず人は来ているが、盆踊り参加者はほとんどが町内会婦人部のはっぴを着たおばさんたちで、15人くらいしかいない。他の人たちは友人・知人とおしゃべりをするためか、抽選会だけを目的に来ているようだった(我が家も大差なし)。
 19時に、「サプライズ」とか言って突然花火が始まった。ちゃんとした打ち上げ花火である。しかし、打ち上げる筒の数が非常に少ないのか、数発打ち上げてはしばらく休み、もう終わったのかと思った頃に次が上がるという間延びしたものだった。それでも、今年は石巻の花火大会も「密」を誘発するということで中止になった中、唯一見ることのできた花火である。美しかった。
 さて、最後に抽選会があった。私はなんと最後の最後で「イオンシネマの優待券(1800円相当)」というのをGetした。
 実は、その数日前、家族と山田洋次監督の「キネマの神様」を見に行こうか、という話をしていた。24日から授業が始まるので、私は少し落ち着かない。来週か再来週くらいにでも、と思っていたが、もらった「優待券」を見ていたら、有効期限は来年1月までなので、何ら急ぐ必要はないのだが、すぐに行きたくなってきた。妻のスマホで予約状況を調べてもらうと、ガラガラである。ならば・・・というわけで、今日は朝から「キネマの神様」を見に行ってきた。
 山田洋次監督の映画は、本当に安心して見に行ける。エロもグロも暴力もなく、最後には必ずみんなが幸せな気分になれることが分かっているからである。しかも、それが分かっていながら、「予定調和」の退屈を感じさせないところがすごいと思う。今回もまた同様であった。
 7月17日にBSプレミアムで「山田洋次の青春 ~映画の夢、夢の工場~」という番組を見た。90分のインタビュー番組である。山田監督が、主に今はなき松竹大船撮影所時代の思い出を語るという番組なのだが、これがなかなか秀逸。ただのノスタルジーに堕することなく、監督の映画論も含めて会話がうまく引き出されていた。いい時代に、いい仕事を出来たことの喜びがよく伝わってきた。「キネマの神様」の回想シーンには、山田監督の助監督時代の体験が投影されていると言われる。「山田洋次の青春」は、舞台裏を明らかにすることで映画の興を削ぐということもなく、映画と相補い合いながら、人間の人生の豊かさ(難しさや不条理も含めて)というものを、実に上手く伝えてくれていると思った。
 映画館で買ったプログラムに、原作者の原田マハが寄せている文章がとても面白かった。私は原作を読んでいないのだが、それによれば、山田監督は小説「キネマの神様」からインスピレーションを得たが、もはや小説「キネマの神様」が「原作」とは言えないほど大きく内容を書き換えてしまったらしい。そして、驚くべきことに、映画が出来た後、山田監督と松竹からの提案によって、原作者が映画の内容を小説化することになったという。
 パロディたくさん作られる作品は魅力的である。映画「キネマの神様」はいわばパロディである。通常、パロディは原作の魅力を抽出し、それによって原作はより豊かに読まれるようになる。しかし、パロディが原作の書き換えを導くというのは前代未聞である。それは作品の豊かな可能性を表しているのだろう。「作品」というのは、この場合、原作の小説も映画も、である。