学校の壁の中

(2月1日付け「学年主任だより№33」より)


 1月6日から、特別教室のエアコンの修理工事というのが始まった。約1ヶ月を経て、今も続行中であることは、諸君も見ての通り。あちらこちらで壁や天上が剥がされ、内部の配管、配線が丸見えだ。
 壁の内部に設置された管や線は意外に多く、複雑だ。私は高校の建物なんて、工業高校でもなければただの箱であって、まさか学校を支えるためにこれほどの管や線が必要だとは思わなかった。私は中をのぞき込んでは、まるで「社会」を見るようだな、と1人で感動している。社会も、多くの人が人目に付かない所で地道に働くことで成り立っている。華やかな、人目に付く仕事は一部に過ぎない。
 さて、早くも2月(如月)。今日でとうとう「最後の考査」も終わり、諸君の登校日数は卒業式を含めて残り10日。そのうち6日は授業日だ。答案返却が中心になるだろうが、おそらくそれだけでは済まない。
 ・諸君は、勉強するために、自分で「進学」という選択をし、この学校に入った。
 ・多くの人たちに支えられて、諸君の学校生活は成り立っている。
 入学以来言い続けてきたこれらの「大原則」は、卒業の瞬間まで有効だ(2点目については、生涯意識しているべきことかも知れない)。
 考査の採点をしていても、「高等」学校を卒業するにしては知識水準が低すぎると感じる。「あ~やれやれ、あとは卒業するだけだ」などと羽を伸ばしている暇はない。もしもそういう思いになるとすれば、学ぶべきことがたくさんあることに気付けないほど未熟だ、ということである。心すべし。


【卒業式について】

 開催の方法については、今日、学校から説明プリント(保護者宛=ちゃんと渡してよ)が配布された通り。生徒と保護者が全員体育館に入って、というのは極めて難しそうだ。インフルエンザのために入学式を欠席した学年主任が、卒業式はコロナのために欠席、という事態だけは避けたいと思っているところである(笑)。感染予防と自己管理に努めなければ・・・。
 

裏面:1月8日付け毎日新聞オピニオン欄「時の在りか」(伊藤智永筆)を貼り付け。見出しは「天皇のいない国になると」
平居コメント:皇族の数が少なくなり、しかも女性が多い、ということはよく話題になる。女性皇族は、結婚すると皇族ではなくなる(皇籍を離れる)ので、近い将来、秋篠宮家の長男(悠仁さま)だけしか残らない、ということになってしまうからだ。何かにつけて「自由」が尊ばれる昨今、記事で伊藤氏が言うとおり、彼が嫁を迎えるのは至難だ。
 世の中には、議論しようとすると、人がひどく感情的になってしまい、冷静な議論が成り立たない問題というのが存在する。皇族問題はその最たるものだ。合理的根拠があるようなないような、一種「信仰」のようなものが絡んでくるからだろう。
 おそらく、今の世の中で、皇族になりたい、いや、なってもよい、と思っている人は皆無だろう。だとしたら、「皇族はこうあるべきだ」と勝手なことばかり言わず、彼らの人権(自由)についての配慮もしながら議論することが必要だ。


*これら以外の記事は省略。