秋の一日に素人の「能」

 昨日は、仙台まで素人の「能」の発表会を見に行っていた。例の「上田君」(→こちら)が、「能はつまらん」とぼやく私に、素人の能を見ると、プロの能のすばらしさがよく分かり、能も面白くなりますよ、みたいなことを言うので、誘われるままに行ったのである。
 場所は仙台市卸町にある「能BOX」という所。最近、せっせと歩くことを趣味のようにしている私は、当然こと、仙台駅から歩いて行く。地図で測ると5㎞ちょっとだ。昨日も天気は上々。
 まずは仙台駅東口から宮城野大通りの裏道を宮城球場楽天生命パーク)まで歩くのだが、球場に近づくにつれて人が増え、警備員がたくさんいて、道路も渡れなかったり通れなかったりするようになった。私は、昨日、全日本大学女子駅伝というものが行われるということを、うかつにも忘れていたのである。しかも、ちょうど競技の時間に当たっていた。
 交通規制のかかった球場前の道路をようやく渡ったところで、近くにいた人に「走者はいつ来るのか?」と尋ねてみると、「間もなく第2走者がここを通るはずだ」と言うので、立ち止まって見てみることにした。テレビで見る最高レベルの駅伝選手が、どれくらいのスピードなのか確かめてみたくなったのである。5分くらいで、トップを走る名城大学の選手がやって来た。ふ~ん、こんなものか、といった感じ。驚くほど速い、とは思わなかった。女子だったからか?
 走者の中継所が設置された関係で、歩こうと思っていた道が通行止めだったので、仕方なく、球場の脇を抜けて、聖和学園高校の方から行くことにした。すると、宮城野貨物駅(ヤード)に歩行者用の跨線橋があることに気付いた。こんなものの存在は全然知らなかった。面白そうだなと思って渡ってみると、あまり高い金網とかも張っておらず、広い貨物駅のど真ん中を横切るオープンで見晴らしのいい歩道橋である。日曜日ということでなのか、駅としてさほど動きはなかったが、平日にコンテナの積み下ろしや車輌の入れ替えを見ていたら楽しいかも知れない。こんなものの存在も徒歩だから気付くことである。やっぱり歩くのは楽しい。
 会場がある卸町大通りは、紅葉が7割くらいまで進んでいた。中央分離帯にはケヤキが、両脇にはモミジが植えられている。ほどほどに落ち葉も舞っていて、いい秋の風情であった。
 会場である能BOXは、倉庫のような建物。何しろ「卸町」である。実際、かつては卸問屋の倉庫だったのだろう。入ると、でーんと能舞台が設置されていて、観客席は移動式の椅子が50くらい並べられていた。聞けば、この能舞台は、かつては仙台市内の個人の家に設置されていたものだが、所有者が寄付してくれたので、多少の改造を施してこの場所に設置したらしい。とても立派な本物の舞台である。こんなものを設置できる個人宅って一体どんな家なのだ?!
 客席には15人くらいの人が座っていたが、後から、ほとんどの人が出演予定の身内であることに気付く。ということは、本当の意味でのお客さんは、私を含めて数人、ということである。
 全然知らなかったのだが、仙台市内にはいくつもの能サークルがあるらしい。昨日の会(名称は「囃子と仕舞の会」)は仙台市能楽振興協会というところが主催で、出演者が所属している団体は7つに及んでいた。プロと違って、女性の方が多い。上田君も「仙台囃子の会」所属のメンバーとして出演していた。延々2時間半、途中休憩もなく続く。休憩がないのは、一人の人が、最初から最後までずっと見続けることを想定していないからだと、これも間もなく分かった。色々な団体の人たちが力を合わせて舞台を作り上げているという感じは全然なく、出し物毎に所属サークルが違い、自分が出演する時だけ会場にいて、後は知らない、といった風の人が多い。
 聞いていたとおり、確かにプロとの力量差は歴然としている。一方で、プロが曲を完全な形で上演するのに対し、昨日の素人は、長い曲の一部、時間にして10分か15分ぶんを切り取って上演している。能だけではない。関連する笛や太鼓の演奏など、出し物も多様である。後から後からそれが変わるので、飽きる暇がなかった。プロの能で心揺さぶられるほどの感動を味わったことがないために、素人能との心理的な格差が小さくてすんだ、ということもあっただろう。
 と言うわけで、素人能を見ることで、かえって能に対する理解が進んだ、ということはなかったけれど、駅からの散歩や、意外なところにある能舞台の観察まで含めて、それなりに楽しい半日であった。