いよいよ雲の平

7月27日(木)

薬師峠CS5:12・・・5:30太郎平小屋・・・6:02第一徒渉点6:15・・・6:37第三徒渉点・・・7:15カベッケが原・・・7:22薬師沢小屋(1912m)7:45・・・9:53雲の平木道末端・・・11:10雲の平山荘(CS利用手続き。2464m)11:20・・・11:40雲の平CS

 いよいよ、当初の最も重要な目的地である雲の平に入る。
 登山活動ということに関して言えば、私の意識として、この日と翌28日は12時間をかけて薬師岳を越えた後の「休養日」であった。この日の歩行予定時間は、山岳地図のコースタイムで6時間30分。前日の半分を少し上回る程度である。
 実際、薬師沢小屋までは実に気楽な山道だった。黒部川源流に向けて、よく整備されただらだら下りの山道で、あっという間に400mあまり高度を下げ、コースタイムより1時間近く短い時間で薬師沢小屋に着いた。標高は2000mを切り、今回の山行の中で、最後に下山した新穂高温泉以外では最も低い。
 薬師沢小屋というのは信じがたいような所に建つ山小屋である。建っているのは黒部川と薬師沢の出合い(合流点)の岩の上だ。川からの高さはせいぜい4~5mだろうか?当然、急峻なV字谷の底だ。鉄砲水や雪崩の危険にさらされている場所に見える。なぜこんなところに小屋を作る気になったのか、なぜ雨雪で壊されることなく存続しているのか・・・。しかも、川音はかなり騒々しい。その後会った登山者の中に、同様のことを言っている人が2~3いた。
 薬師沢小屋から吊り橋で黒部川を渡り、枝沢の滝の横をすり抜けると、右折して雲の平へ標高差600mの急登が始まる。薬師沢小屋までが楽だったからかも知れないが、この登りが意外にきつかった。幸い、西斜面の樹林帯で直射日光は当たらないものの、気温がどんどん上がってきた。しかも、ジメジメと湿った斜面だからか、ゴロゴロした大きな石の表面には苔のようなものがびっしりと付いていてつるつる滑る。延々2時間登り続けるのもつらかったが、この道を下るのはもっとつらいだろうと想像した。つるつるの岩場を下るのは、とても神経を使う危険なことだからである。下りてきたある男の人が、「こんな登山道歩けるかぁ」とか言って怒っていた。腹を立てても仕方がないことは、ご本人にも分かっていただろうに・・・。気持ちはよく分かる。
 木道にたどり着いても、傾斜こそ緩くなるものの、樹林の中で視界は開けず、雲の平に来たという実感の持てない道がしばらく続く。ようやく「雲の平」が実感できたのは、「奥日本庭園」のあたりからだった。
 とは言え、期待が大きすぎたからだろうか?雲の平が絶賛に値する場所には思えなかった。同様の庭園風の場所としては、トムラウシ山(北海道、2141m)の方がよかったような気がする。トムラウシ山の周辺には、それこそ「日本庭園」「ロックガーデン」「奥日本庭園」「トムラウシ公園」などと名付けられた庭園風の溶岩台地があり、天沼、北沼、南沼といった池もある(雲の平に池と言うほどのものはない)。私がトムラウシを訪ねたのは、既に20年も前のことだが、南沼のCSにもう1泊して界隈の散歩に時間を費やしたいと思ったことをよく憶えている。
 雲ノ平そのものよりも、雲の平からの風景の方が素晴らしかったようにも思う。スイス庭園からは東側に荒々しい水晶岳を間近に仰ぎ見、高天原をのぞき込むこともできる。CSからは南側正面に黒部五郎岳の堂々たる姿が見える。奥スイス庭園に行けば、薬師岳の東面が優美だ。
 ところで、私がテントを張ったのはちょうど12時。一休みしていると、雨がポツリポツリと降ってきた。一度は止んだものの、空がだんだん暗くなってきたと思ったら、2時半過ぎから本格的に雨が降り始めた。数分、いや数十秒の内に、バケツをひっくり返したような土砂降りとなり、近くで雷も鳴り始めた。雨も雷も、始まってしまえば対策など取りようがないという覚悟のようなものはあったし、テント場で雷に当たって死んだという話は不思議と聞いたことがないので、意外に平静でいることができたけれども、状況が更に悪化するのを恐れながら、雨が止むのをただじっと待つ時間は長い。雷は、最短で、光ってから轟音がするまで2秒弱くらいだった。
 細心の注意をしながらテントを張る場所を決めたこともあり、出発前にできる限りの防水処理をしてきたこともあって。幸い、私の被害は軽微だったが、テントが浸水して大変な目に遭った人も多かったようである。大粒の雨が叩きつけてくるバチバチという音があまりにも大きかったので、「雹が降った」と言っていた人もいたが、私は雨だけだったと思う。降ったのが雹だったら、テント自体が無傷では済まなかっただろう。雨は1時間あまり降ってウソのように止み、再び青空が広がった
 テントを張った時には、一休みしたら、散歩がてら雲の平の外縁にある祖母岳(ばあだけ、2560m)や祖父岳(じいだけ、2825m)に登ろうと思っていたが、雨に耐えているうちに、そんな気持ちはすっかり消え失せていた。行動中にこんな雨に降られた時のことを想像すると、身の毛がよだつほど恐ろしい。
 雨上がりの雲の平はしっとりと落ち着いて、到着した時よりは美しさを増したようだった。空気のひんやり感も気持ちいい。(続く)