とてもぜいたくな1日半(前)

 期末考査の最中、昨日の午後から今日にかけての1日半、学校を休んで東京に行っていた。かのバイオリニスト西村尚也氏(→この人について)が帰国して演奏会を開くという案内(招待状)をもらったからである。今年は弦楽三重奏なのだが、そのメンバーがまた信じがたいような豪華版である。プログラムも面白い。
 しかし、昨年は夏休み中だったからよかったが、今年はけっこう迷った。なにしろ、今の学校は考査の最中と直後が最も忙しいのである。午後から行って、演奏会が終わったら夜行バスで帰ってこようかと考えたほどである。しかし、それはあまりにも疲れる。幸い、我が工業高校は金曜日が秋休みだし、場合によってはその後の土日も仕事でいいや、と思い、無理矢理行くことにした。まぁ、昨年の演奏を聴いて、それくらい惚れ込んだ、ということである。13:40まで必死で仕事をして脱出。
 会場は昨年と同じ代々木上原のMUSICASA。出演者は、西村氏の他、かつてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団バイエルン放送交響楽団ヴィオラの第1首席奏者をしていた現ヴュルツブルグ音楽大学教授ニムロード・ゲズ、2019年にミュンヘン国際音楽コンクールで日本人として初めて優勝したチェロの佐藤晴真。まずは、120~130人でこの3人を独占することのぜいたく。

 曲目は、J・S・バッハ無伴奏チェロ組曲第6番(ヴィオラによる)、ベートーヴェン弦楽三重奏曲第4番、M・ヴァインベルグ弦楽三重奏曲、V・ブスタマンテ編曲「3つの古き良きタンゴ」。
 ピアノなしの弦楽三重奏というのは本当に珍しい。弦楽四重奏の演奏会100回に対して1回あるかないかじゃないの?とか、誰かが言っていた。私なんか、ベートーヴェンの曲さえ知らなかった。ヴァインベルクも知らない、ブスタマンテも知らない。会場で解説を読んだり聞いたりして、知らないことがあまり恥ずかしいことではないということが分かったのだけれど・・・。
 バッハの無伴奏チェロ組曲第6番が、元々今のようなチェロではなく、ヴィオラ・ポンポーザという楽器のために作られたということは知っていた。ところが、このバッハが発明したという楽器が残っていないので、いろいろな人がいろいろな工夫をして演奏してきた。ただ、現在あるどんな楽器で演奏しても難曲であることは変わらないらしい。いずれにせよ、チェロよりはヴィオラの方がバッハのイメージには近そうだ。名人の演奏で、バッハの思い描いたイメージを想像しながら聴くのは楽しかった。
 ヴァインベルク(1919~1996年)はポーランド生まれのユダヤ人。20歳でソ連に亡命し、以後、生涯ソ連で作曲を続けた。プログラムに西村氏は、「辛酸を舐めながら鬼のように多くの曲を書」いた、と書いている。調べてみれば、交響曲だけで22曲、オペラを7曲、弦楽四重奏曲を17曲など、確かに多作だ。弦楽三重奏曲は、番号が付いていないことからするとたった1曲なのだろう。さほど長い曲でなかったこともあって、それなりに面白いと思いながら聴くことはできたが、この曲を聴いただけでヴァインベルクを評価できるほど私は偉くない。最近、演奏される機会が増えているらしいので、またどこかで出会えるかもしれない。
 ブスタマンテは、西村氏が所属しているマインツ州立歌劇場の現役ヴァイオリン奏者。「幼少期をアルゼンチンで過ごし、タンゴが血に入ってい」る(西村)のだそうだ。演奏されたのは3曲。「エル・チョクロ」「ジェラシー」「ラ・クンパルシータ」。編曲として私は好きになれなかった。凝り過ぎである。
 「ジェラシー」が終わったところで、西村氏が「アンコールの準備に手が回らなくて・・・」と語り始め、「ラ・クンパルシータ」をアンコール曲として温存し、一つ手前にモーツァルトをと言って、突然、ディベルティメントK563のメヌエットが演奏された。その方が盛り上がるだろうという判断だと思うが、この順番がよかったかどうかはなんとも言えない。
 こんなメンバーによる演奏を至近距離で聴けることの幸せを感じ続けた時間であったことは確かなのだが、一方で、300~500人くらいのホールでやれば、このアンサンブルの演奏は、もっとふわっと柔らかい魅力的なものになるのではないか?とも思った。もしかすると、昨年に比べて力が入りすぎているということがあってそう感じたのかもしれない。
 噂には聞いていながら実演に接したのは初めての佐藤晴真というチェリストは本当に魅力的だった。音が上品で美しく、メロディーとリズムでアンサンブルを下支えすることのバランスが絶妙だ。
 少し平凡な感想のようだが、一番よかったのはたった数分のモーツァルト。3人揃って、いかにも自分たちの音楽をしているという感じがした。次はベートーヴェン。・・・あ、すると、私が聞き慣れている作曲家だからしっくりきた、というだけかも。(続く)