情けは人のためならず

 ガザの状況が見るに堪えない。前回(→こちら)も書いた通り、イスラエルが残虐な復讐を行うことは予め想定されたことなのだが、それでも、イスラエルの反応は私の予想を上回るようにも思う。
 特に驚いたのは、国連事務総長に辞任を要求したという問題だ。温暖化問題についての発言などを見ると、今の事務総長グテレス氏は立派な人物である。今回の事件で、その思いは更に強くなった。
 今回の事件が起こった直後、ガザの検問所が閉鎖され、物資の供給ができなくなった。私は、これは大変だ、国連の事務総長が直接乗り込んで交渉するくらいの荒技が必要だな、と思った。そうしたところ、私がそんな思いを抱く前にグテレス氏はニューヨークを出発し、実際にガザに向かっていた。おかげで、必要量からすればわずかとは言え、早々に物資の搬入が始まった。
 そのグテレス氏は、ハマスの攻撃を正当化できないとしつつも、「何もなく突然起きたわけでもないと認識することも重要だ。パレスチナの人々は、56年間、息苦しい占領下に置かれてきた」と述べた。イスラエルの辞任要求はこの発言に対してである。イスラエルによれば、これはテロを容認する発言なのだそうだ。
 イスラエルの人々は、本気で、現在の国土を何の瑕疵もない正統なものと思っているのだろうか?ハマスヒズボラも、あるいはそのような非国家的な軍事組織ではないにしても、多くのアラブ諸国イスラエルを批判的に見ていることは、まったく根も葉もないことではあり得ない。イスラエルはテロによって国を作ったのである。イスラエル人がそのことを完全に忘れ、グテレス氏の発言を聞いて良心の痛みをまったく感じないとすれば、それは人間として異常なのではないか、と思う。
 「情けは人のためならず」ということわざがある。「人に情けをかければ、回り回って自分に返ってくる。だから人には親切にせよ。」という意味だ。
 イスラエルがガザに徹底的な報復攻撃を加えれば、他国のアラブ人たちにも強い憎しみが生じる可能性が高い。憎しみは連鎖し、イスラエルは今まで以上に外からの攻撃に神経をすり減らさなければならなくなる。世界中に住むユダヤ人が、テロの対象になることも十分にあり得るだろう。それは個人だけではなく、シナゴーグユダヤ教の礼拝所)の攻撃による大量殺戮にもなりかねない。
 グテレス氏のみならず、世界中の人が、ハマスの攻撃には理由があるのだということをイスラエル人に教えてやらなければならない。その上で、「情けは人のためならず」、すなわちアラブ人に対して寛容に接することこそが、他の人に寛容に接してもらえることにもなるのだ、それでこそ本当の平和は実現するのだということを理解させる必要がある。私は、1947年の国連によるパレスチナ分割決議に立ち返り、それを認めて遵守することが最低限必要で、現実的な解決策だと思っている。
 夢も希望もない、正視できないような悲惨で愚かな現実が生じている一方で、かろうじて希望を感じることが出来るのは、世界のユダヤ人の中には、双方の停戦、更にはイスラエルに対してそれを訴える動きがあるという報道だ。そう、それが正しい行動なのだよ。ガザの人々のためにではない。イスラエル人、あるいはユダヤ人のためにだ。
 アラブ人もユダヤ人も、個人として接すれば本当にいい人たちが多いと思うのだが、なぜ組織とか国家というレベルになると、こんな風に狂い、殺伐とするのだろう? 文系人間の私にも、本当に人間は分からない。おそらくダークマターや宇宙の果てよりも難しい問題だ。