自転車で第九

 日曜日は、午後から自転車で石巻市の複合文化施設「まきあーとテラス」に行った。「第1回石巻第九」という演奏会があったからである。プログラムには「復活の石巻第九 12年ぶりの復活、音楽の力で未来を変えよう!! 真の“喜びの歌”」と書かれている。
 私は全然知らなかったのだが、2005年に広域合併(1市6町)の実現を祝って第九の演奏会が初めて行われ、東日本大震災の直前、2011年2月にも行われたそうだ。従って、確かに、石巻で第九の演奏会が開かれるのは12年ぶりということになる。
 実は、今月9日に、「復興事業完結記念式典」なるものが行われ、東日本大震災に端を発した大規模土木工事の終了が宣言された。最初「復活の石巻第九」というコピーを見た時、私は「復活の」は「石巻」にだけかかると思った。ここ石巻にいる限り、何でもかんでも震災と結びつけられる。「復活」だの「復興」だの「追悼」だのと言っていなければ気が済まない、逆に、そんなお題目を唱えていれば気が済む、そんな感覚が私は嫌いなので、少し顔をしかめた。私にとって大切なのは第九であって、震災とか復活とかはどうでもいいのである。
 言うまでもなく、何にちなんだ演奏会だろうが、第九の楽譜に変な手が加えられたりはしないので、どんな冠や詞書が付いてもかまわないのだが、挨拶、スポンサー企業への感謝状贈呈、プレトークと、そのたびに市長が出て来てあれこれと話をする。とてもうるさくて閉口した。
 ま、それはともかく、肝心の第九は、石巻第九交響楽団石巻第九合唱団、S三浦梓、A阿部奈緒、T渡辺公威、B千葉昌哉、そして指揮・藤岡幸夫というメンバー。石巻市第九交響楽団とは、基本的に石巻市交響楽団というアマチュアオーケストラなのだが、藤岡がシェフを務める関西フィルハーモニーなどから8人のプロ奏者が入っている。合唱団は完全に素人。S22人、A42人、T19人、B25人と、アルトが突出した、いまだかつて見たことのないアンバランスな構成である。プレトークで、ソリストは全員石巻出身と紹介されていたが、プログラムではバリトンの千葉だけ石巻出身とは書かれていない。どういうことなのか分からない。藤岡幸夫は、2年前(この時は「田園」だった→その時の記事)に続き2度目の石巻登場。
 プログラムに載っている歌詞に、ドイツ語と日本語訳の他、「オー フローインデ,ニヒト ディーゼ テーネ!」とカタカナで読み方が書いてあるのはご愛敬。こんなプログラムは初めて見た。
 いくらよく知られても、第九はやっぱり名曲である。近くで聴けるのなら行きたいと思う。しかも、強力なスポンサー企業がバックに付き、アマチュア主体だから安い。そして、アマチュアだからこそ熱演が期待できる。
 会場はほぼ満員。見渡してみても、空席を探すのに苦労するレベルだ。小さな子どもや、日頃この手の音楽にはまったく縁がなさそうな中高年も多いようだったのに、観客のお行儀は大変よかった。携帯電話がピーピー鳴ったりすることもなく、楽章の合間におしゃべりということもない。
 演奏は、と言うよりも、音楽は期待通りにとても良かった。あの石巻市交響楽団に、プロが8人入っただけなのに、こんなに立派な演奏をするものなのかと思った。私が聴いていても分かるレベルのミスも何カ所かあったし、音も決して美しいとは言えず、合唱のパート毎のアンバランスも少し違和感はあったけれど、音楽の価値の前に、そんなことはどうでもいいのだな。楽器や人間から出てくる音ではなく、音楽のイデアとでも言うべきものがホールには充満していたのだと思う。
 演奏が終わって拍手が始まった瞬間、多くの人が立ち上がった。ブラボーの声も多く飛び交い、なかなかの盛り上がりであった。
 今年「第1回」と銘打たれていることから分かる通り、来年以降も続けるつもりらしい。実際、来年は11月24日と日程も決まり、合唱団の募集が始まっている。私としてはありがたいのだが、一方で、宮城県南部、角田(かくだ)市の「角田ベートーヴェン第九『喜びのうた』を歌おう会」が、団員不足と資金難とにより、12月3日、第30回の演奏会で活動を終了するというニュースが流れた。30回も続いたというのは立派なものだが、それでも31回目はないわけだから、「続ける」というのは大変なことなのだ。
 奇しくも、角田で最後の第九を指揮する佐藤寿一氏は、来年の石巻の指揮者に決まっている。来年、またいい第九が聴けるといい。