宇宙と数学(2)

 次に「超越数」だ。超越数というのは聞き慣れない概念だが、「方程式の解にならない数」と定義される。ちなみに「方程式の解になる数」を代数的数と言う。言葉で定義するのは簡単だが、実際の数字を超越数であると証明するのは至難であったらしい。
 超越数が最初に発見されたのは、1844年。ジョセフ・リウヴィル(フランス、1809~1882年)という数学者が人工的に作り出したリウヴィル数である。0.1100010000・・・と大量のゼロの合間に時々1が登場するという変な数だ。次は、1873年、シャルル・エルミート(フランス、1822~1901年)によって、「素数」の回にも登場し、重要な役割を果たしたe(自然対数の底)が超越数であると証明された。そして次は、1882年、フェルディナント・フォン・リンデマン(ドイツ、1852~1939年)によってπ(円周率)が超越数であることが証明された。
 人類は長く激しい努力によって3つの超越数をようやく発見したのである。ところが、20世紀初頭、ゲオルク・カントール(ドイツ、1845~1918年)が、「数全体の中で代数的数は取るに足りない一部であり、数のほとんどは私たちがまだ知らない超越数である」ということを理論的に発見した。番組では「代数的数は漆黒の空にある星のように光っている。漆黒の闇は超越数である」というイギリスの数学者の言葉を引く。
 さて、私がこれらを紹介したのは、数学と宇宙があまりにもよく似ているからだ。素数については、数式の類似によってストレートに宇宙(宇宙を構成する物質)とのつながりが分かるし、超越数とは、まるで暗黒物質ではないか。
 この宇宙を構成する物質で、私たちの目に見えているのは5%に過ぎず、23%の暗黒物質ダークマター)と73%の暗黒エネルギー(ダークエネルギー)が残りのほとんど全てであると言われている(なぜ宇宙の構成要素として、エネルギーと物質が同列に語られるかと言えば、アインシュタインの導き出した有名な式「e=mc²」によって、質量とエネルギーは基本的に同じものであることが証明されているからである)。
 しかし、暗黒物質にしても暗黒エネルギーにしても、銀河が渦巻き状の塊として成り立つためには、それらの存在がどうしても必要だという理論に基づいて主張されているだけで、実際には、人間の今の技術でその存在を確認することはほとんどできていない。「ほとんど」と言うのは、数年前に存在は確認されたのだが、その状態を観察することはできておらず、正体も依然不明のままだからである。
 「数全体の中で、代数的数はごく一部であり、数のほとんどは私たちがまだ知らない超越数である」と、「宇宙全体の中で、私たちの目に見える物質はごく一部であり、宇宙のほとんどは私たちがまだ捉えることのできていない暗黒物質・暗黒エネルギーである」との類似は、あまりにも明白であろう。

「宇宙は数学という言葉で書かれている」(ガリレオ・ガリレイ

 この有名な言葉は、宇宙における様々な現象は数式で説明することができる、というような意味で理解されてきた(と思う)。理論物理学だって、あくまでも数式を操作することで宇宙の仕組みを解明しようとしてきたのである。数学は天文・物理学のための道具であり、天文・物理が「主」、数学は「従」だ。
 しかし、「笑わない数学」を見ながら、私はなんだか、逆のことも考えた方がよさそうだという気になってきた。つまり、数学は宇宙を説明するためのツールではなく、宇宙そのものなのだと考え、今までに明らかになった様々な数学的現象に対応する宇宙の現象を探し求めることで数学を更に考え、同時に宇宙の謎を解くというアプローチがあるのではないか、ということである。数学は抽象、宇宙は具体という違いであって表裏一体、そこに主従があるわけではない。
 私が知らないだけで、そんな試みは、既に行われているかも知れない。そう言えば、来週末に予定している次回のラボは、「ダークマター」がテーマである。(完)


*ラボが何か分からない人は、とりあえず前回の記事(→こちら)参照。