一読『言語の本質』

 最近私は、教科書に採録された文章の質の低さをたびたび問題にする。そんな愚痴めいた記事の一つに、今井むつみ「言葉は世界を切り分ける」を問題としたものがある(→こちら)。というわけで、今井むつみという心理学者には、心証甚だよろしくないものがあったのだが、最近、秋田喜美氏との共著『言語の本質』(中公新書、2023年)がよく売れている、いや、よく売れているというだけではなく、内容的に優れているという評判を耳にする機会が多い。そこで、たかだか新書1冊だし、だまされたと思って目を通してみようと思うようになった。
 出版されたのが昨年の5月で、私が1月に入手したのは12月に出た第7版だ。案外たいしたことないな、と思ったら、実は既に21万部を超えているらしい。1刷の部数が桁違いに多いのだ。堅い本としては、確かにとてもよく売れていると言うべきだろう。出版元である中央公論新社が主催する「新書大賞2024」で大賞を受賞し、中央公論新社はこの本のための特設ページを設けている。
 これは読んでびっくり。本当に優れた本だと思った。今私は、その本のおよその内容を紹介する気にならないし、いくつかの論点について私見を述べようという気にもならない。というのも、この本は、全体が極めて高密度、有機的に緊密な構成になっており、要約や抜粋を許さないのである。「たかだか新書1冊」どころの騒ぎではない。重厚な専門書に等しい価値があるように思えた。
 奥書によれば、今井むつみ氏の専門は認知科学言語心理学発達心理学、秋田喜美氏の専門は認知・心理言語学らしい。不勉強にして、私は心理学そのものに明るくないし、言語心理学がいかなる学問であるかはよく分かっていない。一方、この本の特設ページには「認知科学者と言語学者の知的冒険」と紹介されている。今井氏は認知科学者、秋田氏は言語学者という位置づけなのだろう。この組み合わせは、言語の本質を掘り下げていく上で絶妙だ。
 この本を読むと、確かに、言語の本質は人間の深層心理と結びつき、言語の本質を考えるためには、心理学を避けて通れないのだということがよく分かる。オノマトペに注目し、心理学的な実験を繰り返しながら言語を考えるという手法も素晴らしい。また、言語学の発達というのは、AIの発達と深く関係する。なぜなら、AIに言語を学習させる時になって、人間は無意識のうちに行ってきた言語の習得プロセスを、ことさらに意識化し、方法論化する必要に迫られるからだ。そんなことに関する言及も興味深い。
 あと2回くらい読めば、何かを語ることが出来るかなぁ?とにかく、私は教科書で顔をしかめた今井氏を大いに見直したことは間違いないのであった。