最初に書いた通り(→こちら)、料金の点からベトナム航空という選択が最初にあって、帰路、ベトナムに寄り道するという計画になった。シンガポールからハノイに飛び、国内線に乗り換えてフエ。翌日の夜の列車でハノイに移動する。実質的な滞在時間は、フエで丸1日、ハノイに半日だ。
中部のフエは、ベトナム最後の王朝であるグエン朝の都だった町である。19世紀始めから20世紀半ばまでの話だ。町の真ん中をフーン川が流れて新市街と旧市街を分けている。外見的には水の豊かな、落ち着いた美しい町だ。しかし、実際にそこに身を置くと、バイクの洪水で、それらが頻繁に警笛を鳴らすものだから、いかにも発展途上国の都市といった感じの騒々しさに満ちている。『地球の歩き方・ベトナム』フエのページには、「フエにはダナンのにぎわいややホーチミン市のような喧噪は似合わない。静まりかえった城内を歩けば、あたかも王朝時代にタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれるだろう。」と書かれている。確かに、静かなのは「城内」であって、「町(街)」とは書かれていないが、ちょっと誤解を招く表現のように思う。
朝、宿の近くの道端の屋台でフォーを食べる。生野菜のサラダ(パクチー強烈!!)付きで3千ドン(20円弱!)なり。
朝食後、自転車を借りて(1日5万ドン=300円弱)、まずはチューンティエン橋を渡り、旧市街にある市内最大の市場ドン・パ市場に行く。ごく普通のアジアの市場だ。初めて海外に行ってから40年あまり、市場が大好きで、その間にさんざん市場を見て歩いているので、さすがに感動が薄い。隅から隅まで見て歩きはしなかったので、偉そうには言えないが、ベトナムならでは、というものは見当たらなかった。
次にハイライト、王宮に行く。これはお粗末。入場料が2万ドン(約1150円)もするのに、見る価値を感じなかった。と言うのも、本物はベトナム戦争で破壊され、現在残っている建物の多くは再建である。どうせ再建するなら、当時と同じ材料・技術を使ってするべきなのに、妙に中途半端で安っぽい。これなら、正直に廃墟として残しているアユタヤの方が圧倒的によい。暑い中、「次こそは・・・」と期待しながら1時間以上かけて歩き回ったが、感動は得られなかった。ほんの少し面白かったのは、伝統衣装を着て来ているベトナム人観光客が多かったことである。京都の町を着物で歩くのと同じ感覚なのかも知れないが、歴史を偲ぶということなのだろうと想像した。
マラッカの時ほどではないが暑い。王宮を出た時10時半。私は途方に暮れた。ハノイ行きの列車は20:41である。宿は正午までにチェックアウトしなければならない。フエが大きな街ではなく、既にドン・パ市場と王宮を見てしまった後、どうやって時間をつぶしたらいいのだろう?ということである。しかもかなり暑い。
この後、下見として鉄道駅に行き、宿に戻ってシャワーを浴び、30分あまり休憩した後、仕方がないのでチェックアウトして、荷物を預けて、特に見たいものもなかったが、快適に時間をつぶせる場所を探して街に出た。
フエ随一の高層建築ヴィンコムプラザにあるデパートをぶらぶらし、フエ大教会を見に行き、「Go!」という韓国資本と思しきショッピングセンターをうろうろし、窓からイオンモールを見付けたので様子を見に行き(建築中だった)、再び旧市街に行って、なんとなく街を見物し、もう一度新市街に戻ってフーン川沿いのおしゃれな喫茶店に入り、ヨーグルトドリンク一杯で1時間半粘り、なんとか5時頃になった。よく冷房が効いている場所というのは存在しない。どこにいてももやっと暑い。
自転車を返して、再び「Go!」に行き、列車に持ち込む食料品を買い、のんびり歩いて駅に行った。こぎれいな待合室があって、少し冷房が効いている。中国と同じように、列車が入線する数分前でないと改札口は開かない。驚いたことに、改札口を入ると、ホームに売店がたくさんある。列車の入線直前でないとホームに入れないのに、どうしてこんな所に売店があるのだろうと驚いた。予め、この売店の存在のみならず、そこで何が入手可能かまで分かっていないと絶対に利用できない売店だ。その売店は、それぞれの奥に小部屋があって、店主(みんなおばさん)はそこで寝泊まりしているようだった。
ハノイは、だいたい予想通りの雑然とした町である。旧市街はなんとも懐かしさを感じさせる雰囲気がある。首都ではあるが、10階を超えるような高層建築は目に入らなかった。
わずか半日しか滞在できない私が、絶対に行くと決めていたのは水上人形劇をやっているタンロン劇場だ。もう30年も前の話。当時勤務していた学校の図書室に、世界民俗音楽全集といったような名前のビデオがあった。だれも見向きもしないそのビデオを、私はせっせと借りだして見ていたのだが、その中で圧倒的な感銘を受けたのが「ベトナム編」だった。
感動したのは二つ。一つは竹でできた楽器(竹琴?)の穏やかで膨らみのある音色だ。そしてもう一つは水上人形劇だった。特に後者は私を虜にした、と言ってもよいほどであった。なにしろ民俗音楽全集なので、水上人形劇の音楽が主題だったはずなのだが、私には音楽よりも、コミカルでかわいらしい人形劇の方がはるかに印象的だった。名前の通り、それは水面で演じられる。後ろの方に仕掛けがあることは分かるのだが、どのように人形を操っているのかはまったく見当が付かなかった。その時以来、私はなんとか一度、その人形劇の本物を見てみたいと願い続けてきた。30年越しの恋である。
宿に荷物を置くと、いそいそとタンロン劇場に向かった。もちろん当日券狙いなので、チケットがあるかどうか、いい席が手に入るかどうか、気が気でなかったのだ。
私が12時半頃に劇場に着いた時、16:10、17:20、18:30の回は売り切れで、15:00と20:00の回はチケットが残っていた。私は迷わず15:00のチケットを買った。座席数は400くらいではないだろうか?三つのグレードに分かれていて、舞台に近いほど高い。一番高い席はほとんど残っておらず、空いている席はあったが、その一列後ろ(=2番目のグレードの最前列)というだけで5万ドンも安いので、私は2番目席を買った。15万ドン(900円弱)である。
1話数分の劇が7つか8つ、計約45分の劇が70分間隔で上演されることから想像がつく通り、開演の10分前くらいにならないと中には入れない。入り口で待っている人たちの多くは外国人で、日本語もあちらこちらから聞こえてくる。バンコクからフエまで、日本人に会うことなどほとんどなかったのに、意外にも、ハノイは日本人だらけと言ってよいほどだった。
さて、入ると、かつてビデオで見たのと同じ舞台があって感動した。ほぼ満席である。
ビデオで見た時は全然分からなかったが、実際に見ると、プール状の舞台の背後にある黒いすだれの下に人形を操るための棒が時々見える。すだれの背後にいるであろう人形使いの人々は見えない(最後にカーテンコールで登場)。人形の動作は細かく躍動的で、たとえ棒があるにしても、すだれの背後からなぜそんなことができるのかよく分からなかった。50分はあっという間であった。
念願かなって、なんとも素朴で温かみのある人形劇を見ることができたことには満足したが、興奮と言うほどの状態にはならなかった。寝台列車でよく眠れず、多少疲れていたということもあったかも知れない。
人形劇の前後、旧市街をさんざん歩き回った。「首都」という言葉のイメージにはまったく似つかわしくない雑然とした街は面白いが、どこの通りを歩いていてもよく似た感じで、さほど変化がないので、道端にカフェでもあって、そこで何か飲みながら街行く人を眺めていた方が面白かろうと思った。道が狭いこともあって、残念ながらそんなカフェはない。
ベトナムは、今回訪ねた4ヶ国の中で、唯一「外国」であると感じさせてくれた国である。40年前の中国の自転車をバイクに置き換えた感じ、というのが比較的分かりやすい表現かと思う。フエで食べたフォーの値段は極端にしても、物価がそもそも最も安い。英語がほとんど通じず、様々な表示にも英語が併記されていない。その点では面倒なことも多いけれど、人は親切で、外国人だからと言って、すられたり、ぼったくられたりしそうな雰囲気はない。セブンイレブンもファミリーマートもイオンもユニクロもない(ハノイにはサークルKだけあった)。どうせ旅行するなら、やはりこういう異文化が感じられる所の方が面白い。たった1日半ではあったが、狂ったように歩き回り、念願(水上人形劇鑑賞)も果たしたということで、私はかなりベトナムを堪能した気分になった。(続く)