星洲南稜完全縦走(駆け足東南アジア⑤)

 私が知らないところに行く時、ガイドブックよりも信頼しているのは地図である。ガイドブックは、その情報によって経済的メリットが発生することを最優先に考え、編集されているように思われる。だから、飲食店情報などが充実している割に、見所の由緒来歴に関する記述が少ない。一方、地図を見ていると、「これ何だろう?」みたいな発見が必ずある。「これ何だろう?」を確かめに行くのは、それ自体が楽しいし、そういう所は、たいていの場合、観光客もあまり行かず、落ち着いていて、喧噪の中で疲れるということにもならない。
 前回、シンガポールを訪ねた時、シンガポールを代表する繁華街、オーチャードロードの伊勢丹に入っている紀伊國屋書店で、Periplusという会社が出しているシンガポールの地図を買った。帰国後、その地図をぼやっと眺めていて、私は一番左下の方に、面白い遊歩道らしきものを発見した。山脈状の部分に破線で書かれていて、西側3分の2には「Kent ridge trail 9km」と書かれ、その東側部分は「Floral walk 300m」「Hilltop walk 1km」「Faber walk 1km」「Marang trail 800m」と細かく分かれている。全て足すと12kmにも及ぶ長い道だ。等高線が描かれていないこともあって、これが「遊歩道」なのか「山道」なのかは、地図を見ただけでは分からない。今回、行く直前にネットで探してみると、「Southern Ridge Trail」として情報が出てくる。私は今日のタイトルの通り「星洲南稜」と呼ぶことにした(「星洲」はシンガポールの漢字表記の一つ)。
 ①で書いたとおり、シンガポールは3回目である。基本的にはただの都市国家で、飲食や買い物を目的とするのでなければ、さほど見るべき場所があるように思われない。セントーサ島やナイト・サファリのような場所は、観光客誘致のため人工的に作り出された見所に過ぎず、私はそんな場所には興味がない。もちろん、飲食や買い物にうつつを抜かす気もない。
 というわけで、3回目シンガポールを訪ねる機会があるとすれば、その時はこの遊歩道だな、と狙いを定めていた。
 マラッカのようなカンカン照りだったら嫌だな、と思っていたら、ほんの少し雨を心配する程度のなかなかいい曇りだった。これなら朝一番で行かなくても大丈夫だろうと思ったので、娘とチャイナタウンに行き、その後、1人で星州南稜を目指した。シンガポールが初めての娘は、一般的な見所を回るために別行動である。
 星州南稜には、当然ながら東西二ヶ所に入り口がある。私は東から入ることにしていた。なぜなら、東口は地下鉄のハーバーフロント駅だが、西口には地下鉄の駅がなく、そこに行くバスを見付けるのが面倒だったからである。西口に下りれば、そこから帰りのバスを探すのは、中央方面行きだから比較的簡単だ。
 ハーバーフロント駅を出発した時には、既に11:15だった。地図では駅から真北に向かって「Marang trail」が伸びていることになっているが、完全縦走を目指す私は、少しだけ東に歩いて、Temenggong roadという所から山に入る。ここにもちゃんとした表示が出ている。舗装道路と階段を歩いてわずか20分で、セントーサ島からのケーブルカーの駅に着く。ここから少し上がると、マウント・フェーバー(標高115m)である。正確な情報は得られなかったが、ここが星州南稜の最高地点ではなかったかと思う。
 ここから、標識に従い、いかにも遊歩道といった感じの坂道を下っていくとHenderson Wavesという橋に着く(11:53)。Henderson roadをまたぐ、曲線の美しい橋だ。下の道路からは36mの高さがあって、シンガポールで最も高い歩道橋だそうである。
 西に進むと、「Hilltop walk」だ。ここで失敗。後から気付いたのだが、Telok Blangah Hill Parkの所から、少しの区間ではあるが、通行禁止になっているのだ。何カ所にも表示が出ていたのだが、私はそれを真面目に見ていなかった。通行禁止区間に着いてから気付いて手前の駐車場まで戻ったため、15分ほどの時間をロスしてしまった。駐車場から一度山を下り、マンション群の北側の車道を歩いて、88Aと90Aのマンションの所からもう一度上り返す。ここから、Alexandra Archまでの区間が、最もジャングルウォークを楽しめる区間だ。ステンレス製の空中歩道が続いていて、周りの木々の真ん中より少し高いくらいの所を、鳥の鳴き声を聞きながら気持ちよく歩くことができる。距離が短すぎて残念なほどだ。12:37にAlexandra ArchすなわちAlexandra roadをまたぐ橋を通過する。すると間もなく、Hort Parkだ。全行程中、最も設備が整った休憩地点である。トイレのみならず、案内所やレストランもある。5分だけ休憩した。
 ここから、Kent ridge Parkを通る長いKent ridge trailになる。どこもかしこも、さすがはシンガポール。表示が非常にしっかりしているのであるが、私はここからSouthern Buena Vista Roadまでの間で、自分がどこにいるか分からなくなってしまった。分かっているつもりで歩いていて、大きな車道に出たので、それをSouthern Buena Vista Roadだと思ってしまった。道路の曲がり具合から言えば、明らかに違うのだが、あるはずの建物があったことなどあって、どうしてもSouthern Buena Vista Roadと考えざるを得ない。しかし、西へ伸びているtrailの入り口も探せず、あるはずの地下鉄の駅もない。私は右往左往したあげく、たまたま通りかかったインド系の学生らしき数人組に尋ねたところ、かなり違う場所にいることが分かった。後から地図を前に考えてみても、自分がどこを歩いてなぜ間違えたのかどうしても分からない。地図そのものもかなりいい加減だという気がする。
 日曜日で人の気配がないサイエンスパークの中を、再び右往左往しながら、ようやくSouthern Buena Vista Roadに出たのが、14:10。かれこれ1時間近くさまよっていたことになる。
 シンガポール国立大学附属病院の裏から、Kent Ridge Roadに入る。Roadと名が付く通り、もはやTrailではなく、舗装された車道である。北側の樹間にシンガポール国立大学をチラチラと見ながら、面白くもなんともない車道歩きを少しすると、国立図書館の裏口で行き止まりとなる。なるほど、通り抜けができないから車も通らないわけだ。図書館の脇を抜け、図書館前の車道を少し下りるとClementi Roadに着く。そこを信号で渡るとすぐにClementi Woods Parkだ。14:45着。なだらかな丘陵の広い公園で、頂上に小学校があり、公園から直接入れる屋上が展望台になっているのだが、鍵がかかっていて入れなかった。日曜日だからなのか、常に一般開放はしていないのか分からない。ほんの少し下るとWest Coast Roadに着き、West Coast Linkという道を通ってWest Coast Highwayに着くと、そこが地図で「Start of Southern Ridges」と描かれている場所であるが、そのような表示は一切ない。なお、その終点の道路は「Highway」という名前ではあるが、ただの幅広い道路であって、高速道路ではない。バス停から、普通のバス(175番だったと思うが失念)に乗ると、ホテルのすぐそば、地下鉄ハブロック駅に1本で行けた。
 私が終点に着いたのはちょうど15時であった。ハーバーフロントの駅を出てから3時間45分だ。しかし、迷ってうろうろしていた時間があるので、それがなければ3時間弱で着いただろう。上で12kmと書いたが、Wikipedia「サザンリッジ」によれば、このコースの長さは10kmということになっている。ほとんど街の中を歩くのと同じ速さで歩ける道ばかりなので、時間的にはだいたいそんなところかな?と思うが、実感として12kmどころか、10km歩いた気もしない。
 途中、20分くらい歩くごとにきれいなトイレがあり、たいていそこに飲み物の自動販売機がある。スコールの時に逃げ込めるような屋根付きのベンチのようなものも随所にある。私が迷ったKent Ridge Parkの一角を除けば、表示もしっかりしていて、不安なく歩ける。しかし、これが楽しい遊歩道かと言えば、そうとは言えない。本当にいいのは、Alexandra Arch手前数百メートルのジャングルウォークと、せいぜいHort ParkからKent Ridge Park東部の数百メートルに過ぎない。そもそも、この「Ridge(尾根)」という言葉の似つかわしい場所もない。
 というわけで、期待していたほど楽しい「山登り」どころか、「お散歩」でもなかったのだが、懸案が一つ解決した爽快感、ガイドブックにまったく載っていない場所を見つけ出して現地を確かめた成就感というものはあった。これを読んで、自分も行ってみようという日本人が現れれば、甚だ光栄である。(続く)