「フィデリオ」・・・ベートーヴェン頌(3)



 昨秋に、ベートーヴェンという作曲家の音楽について2度ばかり書いた。10月に「英雄」を聴きに行った前後、久しぶりでピアノソナタ弦楽四重奏ピアノ三重奏などを作曲年次順に通しで聴いて、改めて格が違う音楽家だと思った。春(5月20日)に、ハイドンを徹底的に聴くと宣言し、実際、相当多くのハイドン作品を「楽しく」聴いていたのだが、一気に色あせて、聴く意欲を失ってしまった。それほどベートーヴェンは大きい。

 年が明けてしばらくしてから、ベートーヴェン唯一の歌劇「フィデリオ」を繰り返し繰り返し車の中で聴いていた。一つ一つの曲がどれだけ魅力的かはよく分からないが、全体として確かにベートーヴェンだ、と思わせるものがあって、飽きることもなく納得しながら聴いていた。いくつかのことを思う。

1)序曲が重い。有名な話、ベートーヴェンはこの曲を生み出すのに大変苦労をした。二度に渡る大きな改訂の中で、序曲については合計4曲も書いている。現在の最終稿に付いている序曲は「フィデリオ序曲」と言われている4番目のもので、私が何かにつけてページを繰ってみるロマン・ロランベートーヴェン研究(「ベートーヴェン 偉大な創造の時期」『ロマン・ロラン全集』第23〜25巻、「フィデリオ」については原題である「レオノーレ」として全集第23巻所収)では、この序曲を「ほかの序曲に比べると、霊感に乏しく、雄壮さに欠け、通常の上場劇の規模にまで縮小されたものである」と評する。確かにその通りなのだ。しかし、今、私が歌劇の冒頭の曲としてこれを聴いた時、それでも、この曲が終わると早速一つの完結した曲を聴き終えたような気持ちになる。それほど重い。改訂前は「レオノーレ第3番」が置かれていたというが、正気の沙汰ではない。ロマン・ロラン全集は、「執拗にも四つの交響曲を次々と作り上げることに熱中するこの天才・・・」という部分で、訳者(佐々木斐夫氏)が「交響曲」という言葉の横に(序曲カ、訳注)という言葉を書き加えているが、ロランの間違いではないだろう。ロランはベートーヴェンの序曲が非常に重いものであることを踏まえて、確かに「交響曲」という言葉を使ったのではないかと思う。ベートーヴェンという人は、ひとたびオーケストラを相手にすると、堅牢なる構築物を築かずにはいられないのだ、という感慨を抱いた。不自然なほどに重い序曲であるが、曲としてはやはり名曲である。

2)これは政治性を含む物語である。レオノーレが救出しようとするのは、政治的な事情で捕えられ、獄中にある夫である。思えば、社会主義体制下を別にすると、芸術家にとって探究の対象は、まず恋愛、次に生死、そして自然といったところではないかと思う。宗教も重要には違いないが、少なくとも、政治が重要なテーマとして扱われることはほとんど無い。いや、政治どころか、作曲家は自らの感懐を表現するだけで、人に向って何かの主張をするということは稀である。しかし、ベートーヴェンの場合、交響曲第3番だって、民衆の解放者であるナポレオンを讃えるとなれば、やはり政治的なメッセージはあるのだし、交響曲第9番では、人類の融和を人々に向って訴えた。珍しいほど、社会的問題意識のある作曲家だと思う。

 有名な逸話だが、ベートーヴェンゲーテと散歩していた時、皇族と廷臣たちが歩いて来るのが見えた、ゲーテが帽子を取り、道端に控えたのに対し、ベートーヴェンは両腕をぶらつかせたまま、皇族たちの集団の真ん中を通り抜けながら、帽子の縁に少しだけ手をやっただけだった。ただの世間知らずではなく、ベートーヴェンは、あえて皇族の下手に出ることを拒否したらしい。私はこういう所に、近代的な精神を見るのであり、その精神に支えられてベートーヴェンの音楽はあるのだ、と思う。

 私にとってベートーヴェンという人は、まるで血統のいい若い和犬のように思われる。非常に純情・素直で、聡明、それがすっくと立って正面をじっとみつめているような印象を受けるのだ。実際には、芸術家らしい狂気の要素をたくさん持っていて、付き合うのはなかなか大変な人だったようだ。それでも、音楽の中に生きるベートーヴェンは、非常に健全な近代的精神を持つ人に見える。それは、フィデリオの台本にも、音楽にも、間違いなく表れている。

3)「フィデリオ」の原作は、フランス人のブイイによって書かれ、それをゾンライトナーがドイツ語に直したものが台本として用いられている。そして今回、ロマン・ロランを読み返していて改めて気付き、衝撃を受けたことに、フィナーレ(合唱)の歌詞の問題がある。ベートーヴェンはそこに、シラーの次のような言葉をわざわざ挿入しているのだ。

 Wer ein holdes Weib errungen stimm' in unseren Jubel ein!

 (愛しい女性を獲ちえた者は、われらの歓呼に加われかし!)

 どこかで見た歌詞だ、と思うのも当然、この一節は20年後に作曲された交響曲第9番に登場するのである。「フィデリオ」が夫婦愛の物語だというのは疑問の余地がない。さて、このことを知った私が思うのは、交響曲第9番は人類全体の融和を訴えたと言われるものの、ベートーヴェンが本当に言いたかったのはこの部分であって、このことだけを言うことに恥じらいを感じたため、他の歌詞をたくさん付け加えて、真意を悟られないようにしたのではないか、ということだ。言うまでもなく、ベートーヴェンは素晴らしい女性と温かい家庭に強い憧れを持ち、多くの女性に恋しながら、遂に生涯を独身で終えた人である。

 この歌詞の問題に気付いても、私の「フィデリオ」観は変わらない。変わったのは「第9」観である。なんと切ない、もの哀しい曲に見えてくることか。と書けば、ベートーヴェンは「そんなしみったれた気持ちで書いたのではない!」と怒るような気がするけれど・・・。

4)ロマン・ロランは、この歌劇の第1稿、すなわち1805年に初演され、さんざんな不評であった版の分析に、「フィデリオ(レオノーレ)」論全体の4分の1という多くのページを費やしている。ロランは、第1稿を聴く機会があったわけではなく、入手したピアノ伴奏版で検討しているのである。もちろんロランは、この版が珍しいから検討したのではなく、価値を認めたから検討したのである。実際、ロランは第1稿を非常に高く評価している。

 なんとも好奇心くすぐられる話である。しかし、このことについて、私は何も言えない。現在では、第1稿による演奏も稀にではあるが行われるようだ。とはいえ、もちろん仙台ではありえない。ロランのように、楽譜だけから音楽を読み取るような能力もない。そのうち・・・という今後へ向けた「楽しみ」を持ち続けるための材料にさせてもらおう。

 特に結論はない。冒頭に書いた通り、「フィデリオ」を繰り返し聴きながら、思ったことをとりとめもなく書いた、というだけである。