携帯電話とタバコ



 中国でも携帯電話が普及していることは、既に知っていた。行けば、街には「手機」という携帯電話を意味する中国語が目に付く。大抵は、携帯電話の販売店であるが、「手機維修」と修理屋らしき看板もけっこうあって、これは日本と違う。携帯電話って、そんなに簡単に修理できるものなのかな?

 日本と違うと言えば、使用マナーの悪さはお話にならない。日本でも、特に高校生の携帯電話依存症を非常に苦々しく思っていたが、中国に行くと、日本の高校生など可愛いものだな、と思うようになる。

 上に私は「マナーの悪さ」と書いたが、おそらくは間違いで、「マナー」そのものが違うのだろう。鉄道やバスの車内といった公共空間でも、大きな音で着信音を響かせ、遠慮無く携帯電話で話をするのはもちろん、驚くのは、バスの運転手や車掌も客と同様に電話に出て、私語にふけるということだ。

 私は、8月10日に、バスで延安から呉起(片道130キロ)を往復した。今の中国といえども、多くの発展途上国と同様、バスの運転手はアクロバチックな運転をする。片側一車線の曲がりくねった山道を、100キロを超すスピードで追い越しをかけるのである。ただでさえも冷や汗の出るような運転の最中に、運転手が電話に出て長話をする。しかも、驚くほど頻繁に電話はかかり、運転手は楽しそうに笑いながらの長話だ。乗客は気にしている風ではない。市内バスの運転手が携帯電話に出るのは一度も見なかった。それどころではないのだろう。デパートの売り子や受付嬢が電話で話し中というのは何度も目にした。

 なかなか予定の立たない旅行をしていたので、私が延安から北京へ行く列車の切符を買いに行ったのが、乗る前日になってしまった。ダメモトで駅に行くと、「硬座(2等座席)」の切符がわずかにあるという。あるだけでも幸運だと、夜行列車では初めて硬座に乗った。満席の上、「無座」という座席なしの切符(一定数しか売らない)を持っている人が結構乗っていて混雑している。夜10時過ぎに延安を出たのだが、相変わらず携帯電話で大声のおしゃべり、そして音楽を聴く。イヤホンなど使わない。辺りにはばかることなく、なかなかの音量で音楽を聴くのである。騒々しく不愉快なことこの上ない。中国の今時の流行音楽を耳にするひとつのチャンスだ、などと思っていたのは最初の5分だけであった。ボックス席で私の向かい側に座り、抱き合って寝ている20歳そこそこの若い男女が、携帯電話で音楽をかけながら、本人達はいびきをかいているので、さすがに腹が立って、女が少し目を覚ました時に文句を言った。なんだ、このおっさんは・・・という目で見られた。

 当初から、列車にしてもバスにしても、車内で電話による会話をしない、というルールを一般化した日本人はたいしたものだ、と感心した。

 私が携帯電話を手放してから5ヶ月が過ぎた。中国で、極端とも言える携帯電話の野放し状況を見て、これがタバコと同じであると思うようになった。タバコを吸う人は、タバコの匂いが気にならない(らしい)。タバコを吸わないと、タバコの匂いには非常に敏感になる。携帯電話を持っていないと、お互い様の意識がなくなることもあって、携帯電話の使用マナーが以前よりも気になるのである。中国はやがて日本のようになるのであろうか?日本が中国のようになるのは絶対に願い下げだ。静寂も「自然」であるとして、それを傷つけることは自然破壊だと常々言っている私としては、何とも不安を感じることであった。