群馬「大」旅行(2)・・・富岡製糸場のことなど



 群馬県の地図を見ていて、「富岡製糸場」という言葉が目に止まった。八幡製鉄所と並んで、殖産興業、富国強兵に努めていた明治維新の日本を代表する官製工場として、小学校(中学校?)の社会科の時間に強く頭に刻み込まれた名前である。水上温泉には昼過ぎまでに着けばいいので、上信電鉄乗車を兼ねてそこを訪ねることにした。


11月24日(土)

高崎7:15(上信電鉄)8:21下仁田8:28(上信電鉄)8:50上州富岡(徒歩)富岡製糸場(徒歩)上州富岡10:36(上信電鉄)11:10高崎11:31(JR上越線)12:35水上


 上信電鉄は、いかにも田舎びた、風情あふれる私鉄である。単調な関東平野から、少し山里に入ってトコトコ走る。付近の山には、山水画のような急峻なものも多く、里山歩きをしたら楽しそうな所だな、と思った。終点の下仁田は小さな町だ。上信電鉄のホームページを見ても書いていないが、「上信」の「信」は「信州」の「信」だろうから、もともとは更に線路を延ばす予定があったのかも知れない。名物下仁田ネギを作っていると思しき畑を見ながら、すぐに引き返す。

 上州富岡の駅から、富岡製糸場までは歩いて15分くらいだ。5年前に世界遺産の暫定リストに掲載され、今は本登録を目指しているとかで、至る所に案内が出ていて迷うことはない。

正門に到着すると、その堂々たる赤煉瓦の建物に感動するが、入場料(500円)を払って中に入ると、いろいろとがっかりすることも多かった。まず第一に、内部に入れる建物が少なすぎる。東繭倉庫1階の一部と、繰糸場だけである。他は一切入れない。第二に、明治の物ばかりが残っているわけではない。繰糸場の中には、機械類が並んでいるが、それらは全て昭和40年代の物である。中に入れない建物にしても、女工の寄宿舎は遠くからかろうじて見えるだけの上、昭和(戦後?)の建物だし、創業当時の工場長であったフランス人・ブリュナの住居であったブリュナ館は、その後、女工の学校とされたため、内部は原形を留めていないという。

 果たして、これを「世界遺産」として登録し永久に保存する必要があるのかどうかというと、私が「基本的に役割を終えたものは全て処分」という主義者であることに自制心を働かせたとしても、いささか疑問である。このような場所は、現物を見た時に、文句なく「これは是非残して欲しい!」と思える物でなければならない。

 おそらく、町おこしのためにこの歴史的遺物に目を付け、町や県で独自に保存するのは経済的に大変なので、世界遺産にでも登録して、客を多く集めるとともに、国の出資を期待する、というのが世界遺産登録を目指すということの本音ではあるまいか、と思った。関東平野の片田舎で、土地に困っているわけでもないだろうから、当面は観光施設として保存して、傷みが激しくなり、維持費がかかるようになったら解体すればよい。世界遺産への登録が、そのための制約になるとしたらよくない。

 いささか地元の人には気の毒な悪口が過ぎた。実は、私が最も面白いと思ったのは、東繭倉庫1階にある展示スペースで、地元のおばさんが蚕から絹糸を作る実演をしていたコーナーであった。作業をしながら、説明もしてくれれば、質問にも答えてくれる。

 蚕というのは、繭を作り始めて3日くらいで完成させる。その繭が1本の糸で出来ているのは有名な話だが、その長さは1000〜1500メートルにもなる。蚕は人間が最初に飼った「家畜」なので、数える時には「頭」という単位を使う。へ〜〜っ?!おばさんは湯の中に浮かせた10あまりの繭から糸をより合わせ、1本の絹糸として巻き取っていく。一つの繭がなくなりそうになると、新しい繭の糸を継ぎ足して、太さが均一になるようにする。どうやって糸を継ぎ足しているのか、あまりにも一瞬の技なのでよく分からず、お願いをして何度かやっていただいたが、どうしても作業の詳細を見極めることが出来なかった。まるで手品だ。富岡製糸場の建物よりも、こちらこそが本物の「文化」だな、と思った。

 上信電鉄で高崎に戻ると、予定通り上越線で水上を目指す。山に挟まれた河岸段丘の上を電車は走る。天気も良くて、榛名山がよく見えた。着いた水上は、ホテルの廃墟が目に付く温泉町だった。かつての繁栄を思いながら、少し感傷的に気分にさせられるほどだった。翌朝は、雲一つない青空をバックに、雪をかぶった谷川岳が神々しいほど美しく見えていた。


11月25日(日)

水上12:46(JR上越線)13:40新前橋13:57(JR両毛線)15:29小山15:36(JR東北本線)16:03宇都宮16:18(新幹線、郡山・仙台乗り換え)18:56古川


 関東平野を走る両毛線の車窓風景は、例によって単調そのものだった。「やまびこ67号」に乗るつもりで、宇都宮の新幹線ホームにいたら、先に郡山行きの「なすの261号」が入ってきた。3連休の最終日の夕方なのに空席があるので、郡山で「やまびこ67号」に乗り換えればいいさ、と思って飛び乗ったら、乗る予定だった「やまびこ67号」に新白河で追い越されてしまった。郡山で約1時間待って、仙台行きの「やまびこ213号」に乗り、更に「やまびこ69号」に乗り換えて、ようやく古川にたどり着くという間抜けな落ちが付いた。

 組合の全国学習会の話は、別枠とする。(完)