「1959国宴」または「葡萄酒」と「ワイン」



 先週の土曜日の午後、友人宅に家族で遊びに行った。車で30分あまりかかる所だし、夕食くらいはご馳走になっても、酒は呑むまいと思いつつ、車のトランクには何本かの酒が入っていた。日が暮れてくると、イベリコ豚のいい生ハムがあるぞ、とか、もらったばかりの新鮮で大きな鱈があるぞ、などと言うので、基本的に理性のない私は、妻に帰りの運転を任せて、飲酒モードに入ってしまった。

私が持っていた酒の中に、「1959 国宴」という中国ワインがあった。もともと、その友人と開けようと言っていたワインなので、それを開けることにした。私は最初の一杯のビールを別にすると、酒と言えば赤ワインか日本酒である。中華料理の時だけ、紹興酒となる。 「1959 国宴」は、昨夏、私が中国を訪ねた時、帰路、大連の空港で買ってきた物である。確か250元(3500円)ほどしたと思う。何しろ、ビールを飲みながら腹一杯餃子を食べて、20元(270円)もあれば済む国なので、正に「目の玉が飛び出るほど」高かった。町中の食料品店には、決まって「長城(The Great Wall)」という名前のワインが置いてあった(大衆用のワインは、これしかないのかな?)が、これとて100元(1400円)以上するので、高いなぁ、日本でも500円くらいのワインしか買わないのに・・・、と思いつつ、このワインを空港の免税品店で買ったらいくらかなぁ、もう少し安いに違いない、などと思いながら飛行機に乗り、大連の空港に着いた。

 考えが甘かった。町の食料品店にあるようなワインは、空港の免税品店にはなく、「おワイン様」と呼びたくなるような高級ワインだけが並んでいた。私のポケットに残っていた人民元で買えたのは、この「1959 国宴」1本だけである。

 「1959」とあれば、いかにも1959年に仕込まれた、50年もののワインであるかのようだが、そうではない。ラベルには「国慶十周年国宴用酒 特製山葡萄酒 貴賓特供」と書いてある。建国10周年の政府主催の宴会で振る舞うために作られた特製の山葡萄酒で、VIPにしか出さないものだ、ということである。もちろん、中華人民共和国は1949年成立なので、その10周年が「1959」年、ということだ。となれば、250元で「高い」などと言うのは申し訳ない。

 帰国してから、まじまじ見てみると、「原料と添加物」として「山葡萄、白砂糖」と書いてある。えっ?山葡萄はともかく、普通、ワインを作るのに白砂糖使うかな?興味は引かれつつ、何となく特別な酒だという気がして、今に至るまで栓を抜かずに過ぎてしまった。

 さて、満を持して栓を抜き、飲んでみると、確かに何となく甘ったるい。ベタベタというほどではないが、たくさん飲む気にはならない。と同時に、何となく懐かしいような気分になり、私の頭の中に「葡萄酒」という言葉が浮かんだ。私にとって、これは「ワイン」ではなく「葡萄酒」だと感じられたのである。

 ここで、果たして「ワイン」と「葡萄酒」に違いはあるのか、と気になったので、身の回りの本やらインターネットやらで、手当たり次第に調べてみたが、両者を使い分けている例は見つけられなかった。しかし、私にはどうしても同じものとは考えられない。

 思うに、日本人がブドウから作ったこのアルコール飲料を「葡萄酒」と称していた時代と今では、その飲み物の味が変化してしまった。そして、私はそれほど大昔から酒飲みだったわけではないけれども、「国宴」に「葡萄酒」の時代の味を感じたのではないか?日本で作られるブドウを原料とするアルコール飲料も、欧米のものと区別が付かないような性質のものとなり、今や「ワイン」と呼ぶしかないものになってしまったと思える。

 見た目の格調の高さとは異なり、私は「1959 国宴」を古き良き鄙びた日本のイメージで味わった。中国の「長城」や、免税品店の私が手を出せなかった他のワインは、やはり「葡萄酒」なのだろうか?「ワイン」なのだろうか?その後ひどく気になり始めた。