目覚めの季節



 この2日間、例によって高校生の引率を頼まれ、山に行っていた。高校生に雪上で幕営をする体験をさせたい、という。面白山高原駅から天童高原に登り、そこで幕営をして、2日目に北面白山に登るという計画になった。

 今年は、青森県酸ヶ湯で6メートル近い積雪があったとか、とにかく豪雪に関するニュースの多い年だったが、3月も既に16日ということで、山はすっかり春山。標高600メートルの天童高原では、スキー場こそ営業しているものの、あちらこちらで雪が消えて地肌が見え、あわよくば高校生に雪洞掘りの体験もさせてやろう、などというのは夢のまた夢という状態であった。

 11月とか3月に山に行くのは難しい。季節の変わり目で、雨が降るのか雪が降るのかもはっきりせず、何もかもが凍り付くほど寒いかと思えば、冬用の衣服では暑くて山など歩いていられないということもある。どのような装備を持てばよいのかが分からないのである。

 昨日も、天童高原なら降るとしてもまだ雪だろうなどと、フライシートを持たずに行った所、突然雷が鳴って雨が降り始め、テントの内側にポタポタと雨漏りが始まった。夜になったら冷え込むことは必至なので、衣服や寝袋を濡らすと非常に辛い思いをすることになる。雨脚が強くならないことを祈り、ドキドキしながら雨の音を聞いていた。幸いたいした雨にはならなかったものの、改めて3月の山は付き合いにくい、と思ったことであった。風もごうごうと音を立てて吹き始めた。

 今日は、一転、天気予報通りの素晴らしい快晴であった。6:55にテント場を出発して、8:20に三沢山(1042m)に着いて小休、9:10に北面白山(1264m)の頂上に立った。北の彼方に若干の雲があった以外、どこにも雲はなく、風もほとんどない。東には太平洋、北からぐるりと一周すると、牡鹿半島、船形山、鳥海山、月山、朝日連峰、飯豊連峰、吾妻連峰蔵王連峰(南屏風まで)といった山々が鮮明に見えた。特に寒さを感じることもなく、コーヒーを飲みながら20分あまりを過ごし、風景を堪能して、9:35に下山を開始した。天童高原には10:45着。あまりにも容易であっけない登山であった。

 列車の時間には間があるので、テントを干したり、昼食を取ったりしながら、天童高原で1時間あまりゴロゴロしていた。暇なので、木の肌(質感や模様、色合いが面白い)をじっと観察したりなどしていて、何の気なしに鱗のような樹皮を一枚はがした。すると、体長1センチくらいの小さな赤い昆虫の下半身が露出した。ベニホタルの類いだと思うが、上半分が見えないので種類を特定できない。あまりにも鮮やかな「赤」が印象的だった。多分冬眠の最中だったのだろう。私が樹皮をはがした瞬間、足をほんの少しだけもぞりと動かしたが、その後はじっとしていた。こうして厳しい冬のさなか、小さな昆虫はじっと堪え忍んでいるのだなという感動がわき起こり、同時に、なんだかずいぶん健気でいとおしいものに思われた。私はあわてて樹皮を元の場所に戻した。だが、そんな樹皮は少し風が吹けば、すぐに落ちてしまうだろう。ベニホタルには申し訳ないことをしたな、と少し思ったが、あまり気にするには及ぶまい。何しろ、どっちみち、目覚めの季節は目前なのである。