労働者の手



 昨日はT3(マリンテクノ類型3年生)の見学実習に便乗して、仙台港に行っていた。大型フェリーのエンジンルームを見せてもらいに行く、というのに強く心引かれたため、仕事をやりくりし、担当者と管理職にお願いをして、何とか参加が実現したものである。

 午前中の見学は仙台港南岸の「高砂コンテナターミナル」だった。県が作った荷扱い量東北一のコンテナターミナルだ。横浜や名古屋のコンテナターミナルと比べれば、規模としては取るに足りないものだが、人間の視界など限られているので、広い範囲に40フィートコンテナが山積みされ、それが後から後からトレーラーに積み下ろしされる光景を間近で見ると、圧倒されるものである。特に、コンテナを移動させるためのキャリアにはびっくり!30トンを超えるコンテナをひょいと釣り上げ、構内を自在に走り回るのだが、3段積みのコンテナの最上段をも釣り上げるからには高さが必要で、運転席は私が立っていた管理棟の屋上(3階の上)と同じ高さであった。大型フェリーのエンジン目当ての私にとって、午前中はどうでもいい「オマケ」のつもりだったのだが、いざ見てみると、活気と目新しさとよってに、そんな当初の気持ちは忘れて夢中になっていた。

 解説をしてくれていた人とは別に、途中で、白いつなぎ服を着た職員が表れた。宮水OBである。予め予定していたのではなく、管理棟の入口に宮水のバスが止まっているのを見て、わざわざ駆け付けてくれたらしい。もちろん、マリンテクノ類型の卒業生なので、引率のM先生、T先生の教え子に当たる。感動の再会だ。

 午後は、いよいよ太平洋フェリー「きたかみ」(14000トン)のエンジンルーム見学だ。車両甲板から急な階段を少し下りると、むっと暖かい空気に包まれ、もう目の前には大きなメインエンジンが表れた。もっともっと深いところにあるのかと思っていたので、少し意表を突かれた。全長約200mの大型船を動かすエンジンで、出力28800PS(馬力)とはいっても、プロペラが二つあり、メインエンジンも二つなので、エンジン一つの出力は14400PS、船体の大きさから想像するほど巨大なものではない。停泊中ということでエンジンは停止しており、シリンダーの上にある弁の上部の蓋が開けてあった。音も振動もない。それでも多少うるさいのは、隣の部屋にある三つの発電エンジンのうちの一つが動いているからだ。教室ひとつ分に近い広い制御室で、若い機関士から説明を聞き、その後、エンジンルーム内のさまざまな設備の見学に移る。すると、またもや宮水OB(二等機関士)が登場し、再び恩師と感動の再会をした。このOBがいるから、「きたかみ」を見学することになった、というわけではなく、ほとんど偶然らしい。海に関するところ、宮水のOBは本当に多いのだな、と思った。

 ルーム内には、メインエンジンの他、発電エンジン、ボイラー、潤滑油関係の装置、造水機(雑用水用)、修理をするための工作室、部品室などがある。空間が大きいためか、船の中ということを忘れ、工場見学をしているような気分になってくる。発電エンジンの音がうるさく、最後尾から付いて行く私には説明者の言葉が全然聞こえないので、私は近くにいたもう一人の若い機関士にあれこれ質問をしながら回った。

 自家用車のエンジンでも、めったに故障などするものではない。船の巨大なエンジンでも同様だろう。引率のT先生(元作業船機関長)に尋ねるとその通り、機関士は基本的に暇な仕事だ、と言う。話をしながら、私は、若い機関士の手を見ていた。T先生はそう言うものの、上品で端正な顔立ちをした若い機関士の手は、間違いなく、常に機械をいじり、油まみれになっている労働者のごつごつした手であった。絶対に「暇」な人間の手ではない。エンジンがトラブルを起こさず、航海中は制御室のソファでコーヒーを飲んでいられるのも、その前後の慎重なメインテナンスがあればこそだ。今年の3月に乗ったばかりの優雅な大型フェリーの船底で、彼らによって定時運行と安全とが確保されている。メインエンジンを始めとする大きな機器や、制御室のおびただしい計器類よりも、彼の手こそが、労働の価値を雄弁に物語っているようで感動的だった。