遠い遠い南極



 宮水は、なんと先週の金曜日から学校が始まった。できるだけ長期休業を短くすることが学校としての真面目さを表す、と思っているかのような、昨今の風潮も影響しているようには思うが、就職試験解禁までに指導の時間を確保したいという「実」が確かなので、あまり勤勉ではない私も文句はない。

 広島の大きな土砂災害の新聞記事を読んでいて、広島界隈でも今日から新学期という小中学校があることを知って驚いた。私は、関東以西は一律9月1日が新学期だと思っていた。そういえば、公立の義務制学校でも、最近はエアコン設置という所が多いらしいから、そうなると夏休み不要論も出てくるのだろう、と想像できる。広島の事情は知らないが、私は、もともとがどうであれ、夏休みは暑くて勉強が出来ないから休み、なのではなく、日頃とは違う勉強の仕方や活動をするための時間だと考えている。だから、エアコンを付ければ夏休みは要らない、とは思わない。もっとも、学校が休みでも、結局、スマホやゲーム機と仲良ししているだけ、というなら、確かに休みは要らない。なんとも悩ましい。

 ところで、その新学期が始まった先週金曜日、私は、放課後に校務があったにも関わらず、5校時終了後に早退して(←夏休み明け初日から6時間授業!)、バスで仙台に向かった。第54次南極越冬隊に参加して今春帰国した知人が報告会を開くというので、話を聞きに行ったのである。知人は、南極から写真をふんだんに使ったブログ(=まだ閉鎖されていないが、パスワードが必要なので、ここで紹介できない)を書いて、リアルタイムで南極での生活を伝えてくれていたし、いくら怠け者の私でも、新学期の初日に、会議があるのが分かっていながら早速年休というのは気がとがめるので、行こうか行くまいか散々悩んだ末に、知見を広げることの価値を重く見て、やっぱり行くことにしたのである。

 結果として、行ったのは正解だった。リアルタイムで、見たままをレポートしたブログもいいが、帰国後に南極や基地についていろいろと勉強した上での話、しかも、それに質問ができるとなると、やはり見えてくるものが違って面白いものだな、と思った。医師である知人の、ツボを押さえた明快な話の組み立ても秀逸だった。

 私は、中学校時代に第1次越冬隊長・西堀栄三郎の『石橋を叩けば渡れない』(生産性出版=なぜかこの本が我が家の書架から探せない。左はネットで検索したら出て来た「新版」の出版社。昔は、日本生産性本部だったような気がする)、『南極越冬期』(岩波新書)によって、南極と出会った。典型的な京都学派の人であろう西堀の人間性にも魅了された。以後、チベット、中東(シルクロード)、アンデスなど、様々な憧れの地を歩くチャンスを得ながら、この歳になるまで、遂に南極だけは行くことが出来ずにいる。アルゼンチンやオーストラリアから、高額の南極ツアーが出ていることは知っているが、普通の公共交通機関はなく、自然条件の厳しさから、自力でちょっと訪ねてみる、というわけにはいかない。また、数日を過ごして価値の認識できる場所でもなさそうだ。日本の南極観測の歴史が半世紀を超えた今も、国立極地研究所という所で審査を受け、観測隊のメンバーとして採用されない限り、絶対に行くことのできない場所だ。

 残念ではあるが、今の地球に、武力紛争(治安)以外の理由で、「行けない場所」が残されているのは、むしろ貴重な「夢」のあることだとも思う。「憧れ」とは「思慕するものとの隔たりに対する感覚」だ。日本から14000キロという数字だけでは表すことのできない、日本と南極との遠い隔たり。それを思う時、月光に輝く雪と氷も、オーロラも、基地見物に来た皇帝ペンギンも、ますます美しい。