信州茅野の方言カルタ



 今年は、方言に縁がある。3月に、知人から仙台弁のCDブックを送ってもらったという話を書いたが(→こちら)、数日前にはなんとカルタが届いた。「信州茅野の方言カルタ」というものである。送ってくれたのは茅野(ちの)市在住、現在、国立国語研究所教授を務める大学時代の同級生O君だ。発案「読書の森 読りーむinちの、ひじろの会」(注:「ひじろ」というのは茅野方言で「囲炉裏」の意味)、作成「信州茅野の方言カルタを作る会」、絵「五味義人」、字「平出信次」とある。

 あわててネットで探したら、今年1月4日の『長野日報』の記事に、作成の顛末が書いてあった。市民有志9名が4年がかりで作ったものだという。1月の時点では、200部製作の予定だったが、注文が多く、3月には500部発行、そして4月には800部発行へと変更したことを、記事でたどることができた。最終的な注文数は774に上った。もしかすると、我が家に届いたのは、(800−774=)26分の1という貴重なものなのかな?

 このカルタの特長のひとつは、非常に丁寧な、44ページにもなる解説冊子が付いていることである。そしてそこには、カルタで取り上げられた各方言について、方言地図(地図の上に、どこでどんな言葉が使われているかということを記号で記したもの。詳しくは、徳川宗賢『日本の方言地図』中公新書か、真田信治『方言の日本地図』講談社+α新書などを参照)が印刷されている。2年をかけて、茅野市内26集落で、70歳前後の住民から聞き取り調査を行って作ったものらしい。さすが、国立国語研究所、しかも時空間変異研究系(ごく簡単に言えば方言部門)のセンセが関わっているとなれば、たかがカルタでも学術的なものとなる。

 少し驚く。調査対象となった26集落は、だいたい半径5キロの円内に収まっている。その中で、既にいくつもの方言が存在するのである。例えば、「慣れている」ことについて、茅野市内で採取された方言は4種類。「ナレコノミソ」「ナレッコノミソ」「ナレコ」「ナレッコ」である。明らかに同じ言葉のバリエーションだろう。しかし、「たいしたことない」については7種類で、「ナンタラズイ」「ナンタラズ」「テーシタコトネー」「エレーコタネー」「ナンノコターネー」「ワキャナイ」「ラクダ」である。これはもはや同根の言葉ではあり得ない。たったの半径5キロだよ!!

 前回(3月27日)書いたことだが、私たちは関西弁とか東北弁という大雑把な言い方をする一方で、津軽と仙台が全く違う言葉を使っていること、石巻と仙台でさえも言葉に違いがあることを知っている。石巻市内でも、ふとした機会に、同じ市内の人に対して誰かが「何?その言葉!」などと反応しているのを、見たことがないわけではない。しかし、半径5キロでこれだけ言葉が違うというのを、方言地図の形で示されると、やはり驚いてしまう。仙台と石巻で言葉が違うなどと驚いている場合ではないのだな。

 せっかくのカルタなので、カルタとして使ってみた。我が家の子どもたちは「百人一首」をマスターしているので、こんな当たり前のカルタでは喜ばないだろうと思ったが、そんなことはなかった。とても面白がるので、既に数回やった。読むのは私だ。しかし、私の読みは、間違いなく茅野のイントネーションとは違っているはずだ。茅野の人が読めば、また違った雰囲気になるだろう。どうせ44ページの冊子まで作るのだったら、朗読CDも付けてくれたらよかったのに、と思ったが、そもそも、市内の人にしか販売する気はなかったみたいなので、そんなものの必要性も想定されなかったのだろう。もともと方言は、積極的に外に持ち出すものではないのだから、販売の方法も含めて妥当、当たり前だな、と納得した。

 2度あることは3度ある。次は一体どんなことがあるのかなぁ?