方言変化物語・・・ラボ第16回

 昨日は、ラボ・トーク・セッション(通称:ラボ)の第16回であった。今回の講師は、国立国語研究所教授・大西拓一郎氏、演題は「強い作物のゆるい方言変化物語」。
 国立国語研究所とは、東京都立川市にある研究専門機関である。参加費たった(と言っていいのかな?)1500円、お酒とお食事付き、講師にも若干の謝礼は払う、定員25名という零細な会だが、赤字は出したくないので、少しずつ控えめな会計運営を行っていた結果、なんとか東京から石巻往復の交通費くらいは支出できる財政状況になった。

 ラボは会員制ではないけれど、その時その時の参加者の方から講師の選定についても、お食事の内容や、運営のあり方についてもリクエストを常時受け付けている。ある時、参加者同士で出身地の方言が話題になった際、一度方言の専門家のお話なんて聞いてみたいですね、という話が出た。ほぼ交通費だけで来て下さる奇特な方がいるなら、首都圏からでも講師を呼べるぞ、という話になった時に、我が畏友・大西拓一郎を思い浮かべたのである(以下は先生扱いとする)。
 昔からのよしみで快諾はしてもらったものの、スケジュール調整が非常に大変。とにかく多忙な方なのである。確か、去年の7月中旬にお願いをし、すったもんだのあげく、ようやく先生と主催者2人の都合の調整がついたのが、なんと半年あまり後に当たる2月2日だった。正に、満を持して登場!
 方言学に関する様々な情報を意識していると、大西先生の名前を見る機会は多い。日本語学研究の総本山・国立国語研究所で教授職にあるというだけではなく、中堅研究者として甚だ評価の高い方なのだろうと思う。昨日会場でも販売した先生の著書『ことばの地理学 方言はなぜそこにあるのか』(大修館書店、2016年→私の感想文)は、文芸評論家・斎藤美奈子氏が、毎日新聞「今年の3冊」に選んだその年の話題作である。
 そのため、「予約殺到か?」と戦々恐々だったが、幸か不幸か、地元の新聞は早い時期に依頼したにもかかわらず、小さな記事を載せてくれたのが、1月29日のこと。直前キャンセルが続いたこともあり、石巻の文化水準の問題もあって(と言えば失礼ですね)、定員ぎりぎりでの開催となった。「あっ、大西先生だ!!」と喜んだ人にとってはラッキーな状況である。
 お話は非常に面白かった。今回はパワーポイントの画面を資料として配って下さった上(実はラボ史上初)、参加者が理解できているかどうかかなり慎重に見極めながらのお話だったこともあり、もっとアップテンポでもよかったな、とは思ったが、とにかくとてもよく分かるお話だった。先生は、ジャガイモとトウモロコシを例として、それらの語形がどのように変化したのかを、多少の推測も交えながらお話しして下さった。
 私は、自分が国語の教員だということを別にしても、方言学については多少の興味があり、大西先生などという方が比較的身近なところにいたこともあって、勉強する機会は多かったと思う。それでも、一つの言葉が、どのような理由とプロセスで他の変化形を生み出していくかということについて、今回ほど詳細にたどったお話を聞いたことはなかった。
 特にジャガイモは面白かった。なにしろ、ジャガイモは語形の種類が多すぎて、日本言語地図でも2枚に分けて記載されているという言葉である。その日本語としての起源をたどると、いくつかの源にたどりつく。一つは「中井清太夫」という人名、一つは中井がこの芋を全国で初めて作付け奨励した「甲州」、一つは豊富な収穫量と二期作が可能だという性質、そしてもう一つはゴロゴロとした形状。これらに基づく呼称が、伝播の過程で伝播先の地方事情と絡み合って複雑で突飛な語形を生み出していった。中井にしても甲州にしても、それらが有名人、有名な場所ではなかったからこそ語形変化は起こったのだ、という話は説得力があった。
 最初に日本言語地図が作られたのは今から60年ほど前で、私の方言に関する知識は基本的にこれによるが、平成も平成、21世紀に入ってから、国立国語研究所によって方言の再調査が為された。言葉は水平方向だけではなく、垂直(時間の流れ)方向にも絶えず変化している。調査が比較的最近のことだということもあって、前回から今回までの50年間の垂直変化についての話を聞く機会も、今までなかった。話の最後にオマケのような形でではあったけれども、それが聞けたこともまた収穫だった。
 片付けが終わった後、場所を変えて酒を飲んだ。その中に、ラボ・トーク伝説の名講演の主・千葉一先生がいた(→その時の話)。千葉先生は、「ぼくの時は確か30分で話して欲しいと依頼されましたよね」とおっしゃった。私は笑ってしまった。確かにそうである。第1回の時は、「20分」という依頼だったかもしれない。講師の方々は、それなりに努力して下さるのだが、第一線の研究者に、高卒の学力で理解できるよう、研究の最もコアな部分を20分や30分で語れというのは無理がある。主催者側でも、それは無理だというだけではなく、もったいないことでもあると気付いた。そこで、最近は「1時間」で依頼している。
 昨日の大西先生のお話は1時間20分続いた。せっかくのチャンスだから時間は確保したい、だが、その後の交流の場も大切にしたい、だらだらと何時間も続くのはよくないから、一定の時間(今は21時)で切りたい・・・こんなジレンマの中で、ラボは行われている。次回は4月13日(土)。地元新聞もアテにならないし、今度はこのブログに予告編でも書いてみようかな。次もスペシャルですよ。