エリーゼからの手紙



 たいそう下手くそで、とても他人に聴かせる気にはならないが、ピアノの前に座っている時間は結構長い。ちょっとした息抜きや時間つぶしに、ついピアノの前に座ってしまう。

 そんな私が、最近、けっこうはまっているのが湯山昭の「エリーゼからの手紙」という曲だ。『湯山昭 ピアノ小品集』(全音楽譜出版社)というのに収められていて、楽譜を見た瞬間に、おそらくはタイトルを見なくても、ベートーヴェンの「エリーゼのために」のパロディであることが分かる。ともにイ短調。分散和音を、左右の手が掛け合いのような形で響かせていく。「ために」はA−B−A−C−Aのロンド形式で、「手紙」はA−B−Aの三部形式だが、「手紙」の中間部は、明らかに「ために」のBを意識した作りになっている。「ために」冒頭が下降音型であるのに対して、「手紙」は上昇音型になっているところが、いかにも2曲が呼応関係であることを示している。楽理的にそれ以上の関連性が組み込まれているのかどうか、私には分からない。

 演奏する上では、「ために」よりも「手紙」の方がやや簡単だが、何とも純粋な感じの哀感と喜びと素直さに満ちていて、よりいっそう魅力的な曲だな、と思う。

 湯山昭は「お菓子の世界」というピアノ曲集で以前から知っていた。序曲「お菓子のベルトコンベアー」から始まって、「シュークリーム」「バウムクーヘン」「柿の種」・・・と、東西21種類のお菓子が、小規模でおしゃれでユーモアにあふれるピアノ曲として並んでいる。途中に3つの間奏曲が入り、締めくくりはそれまでの全ての曲の要素を盛り込んだ「お菓子の行進曲」だ。CDで聴いていても楽しいが、弾く立場として最もお気に入りは、第13曲「ボンボン」というフランス風のワルツである。本当に「おしゃれ」とか「瀟洒」という表現しか、形容する言葉が見つからない。

 楽譜の巻末にある作曲者のプロフィールに掲げられた写真を見ると、湯山氏は南の島の先住民族の酋長といった風貌の人である(ごめんなさい!)。それにしても、こんなに素朴、いや、人間的なおおらかさは感じられるものの、粗野で無骨な感じさえする人から、どうしてこれほどおしゃれで繊細な音楽が生まれてくるのだろうか?!と、多少の戸惑いを感じてしまう。だが、やはり写真よりも音楽にこそ、作曲者の真の姿は表れているに違いない。

 エリーゼのために曲を書き、贈ったベートーヴェンの元に届いたエリーゼからの返信は、一体どのような内容だっただろう?「手紙」を聴く限り、その手紙はかなり肯定的な内容のものだったようだ。しかし、それは「ために」をくれたベートーヴェンに向かって熱く何かを語るというよりは、自分の胸の内に湧き起こってくる大きな感情に酔いしれているといった風でもある。エリーゼという女性は、おそらく、感情豊かでひたむきで正直な女性だったんだろうなぁ、と思う。もちろん、それは湯山昭の音楽を通して、私が勝手に想像すること。だが、そんな音楽の楽しみって、やっぱりいいよね。