バーンスタインの残影



 今日は、仙台フィルの常任指揮者パスカル・ヴェロ氏が宮城教育大学交響楽団を指導する様子を公開するというイベント(「パスカル・ヴェロによる指揮者大解剖〜指揮者とオーケストラの裏の裏まで」)があって、仙台まで行っていた。10時から6時まで、延々8時間という大イベントである。何しろ、音楽は、演奏会よりもリハーサルの方が絶対に面白い。指揮者が音楽を仕上げていく過程には、楽譜の読み方、作曲家についての理解、演奏や表現の技術といったものに関するおびただしい指示が、言葉と動作によってなされる。たいていの場合、それは深い洞察に満ちていて感動的だ。だから、このイベントを知った瞬間に、何とか都合を付けて行こうと決意していた。課題曲であるビゼー作曲「アルルの女 第1・第2組曲」は、あまりにも通俗的でありすぎて、真面目に「鑑賞」した記憶などないが、今日のために楽譜を手に入れ、この10日ほどで一通りは目を通してから行った。

 1600人収容の会場に集まった聴衆は数十人。これは、仙台における音楽人口、特にアマチュアオーケストラだけでも10くらいあることを思うと、意外な少なさだ。

 私は、ヴェロ氏がオーケストラを直接トレーニングするのかと思っていたら、素人指揮者(ほとんどが学生か教師らしい)に棒を振らせ、それを指導するという形で、少々がっかりした。登場した「生徒」は20名。一人持ち時間17分で、課題曲(全8曲)から任意の1曲を選んで演奏し、それをヴェロ氏が時々止めながら指導し、時には自ら棒を振るというやり方で行われた。17分目にベル(チン)は鳴らされるものの、ヴェロ氏も熱くなっているし、なかなか時間通りには終わらない。設定された休憩時間を短縮しながら、正味7時間はやった。ヴェロ氏による直接のトレーニングではなかったが、退屈するということもなく、あっという間に1日が終わった。いい勉強をした。

 細々とした楽曲解釈や身振りに関する問題の他、面白いとも意外だとも思ったのはバーンスタインについての話であった。ヴェロ氏が元々師事していた先生は、非常に生真面目で厳しい方だったらしい。ところが、ある時、バーンスタインの指導に接する機会があった。何しろ典型的なアメリカ人・バーンスタインである。踊ったり歌ったり、その陽気なレッスンに若き日のヴェロ氏はカルチャーショックを受けたらしい。

 こんな話を聞いてから意識すると、ヴェロ氏の指導や指揮には、バーンスタインの影響があれこれ見えてくる。まず、「生徒」が演奏すると、問題があるから止めるにもかかわらず、たいていの場合、「ブラヴォー!!」「すばらしい!」と繰り返しほめる。学生や弟子、演奏者などがどんな演奏をしても、バーンスタインがまずは褒めちぎったというのは、おそらく有名な話だ。そして、自ら歌い踊る。お手本を見せるといって棒を振れば、指揮台で跳びはねたり、フォルティッシモの場面で見せる、両足を踏ん張ったカエルが反り返りながらバンザイをしているような姿(練習だからであって、本番ではそんな格好はしない、と本人も言っていた)は、バーンスタインお得意のゼスチャー(彼は本番でもよくやっていた)そのものだ。

 私はフランスに対する苦手意識が強くて、仙台フィルのシェフがヴェロという人物に決まった時も顔をしかめ、その後も斜に構えていて、よほど曲目か共演者に魅力がなければ、その演奏会に足を運ぶこともない。何度か行った演奏会でも、さほど強い印象を受けたことはない。一方、バーンスタインは私の大好きな音楽家だ。だから、ヴェロ氏がバーンスタインから大きな影響を受けているということが意外でもあり、面白くもあったのだ。

 フランス語には通訳が付いたし、英語で指導する場面も多かったが、仙台での仕事が多くなってから、日本語学習にもずいぶん努力をしているらしく、日本語でもなかなか健闘していた。その姿勢は立派である。