セレナーデはギターで

 一昨日の夜、石巻市内の某医院で行われた、中林淳真という老ギタリストの小さなリサイタルに行った。この人については、3年前に一度書いたことがある(→こちら)。その時85歳だったから、今回は88歳だ。
 年齢から来る技術的な衰えは更に激しく、申し訳ないが、もはやプロとして演奏するレベルにはない、いかに技術的に衰えても味わい深い演奏をする大家というのはいるが、そんな感じもしない、などと思った。不純な話、なにしろ私は、終演後に酒を呑むことが楽しみで行くので、早く終わらねぇかな、などと思いながら、長い1時間あまりを過ごしていた。
 しかし、演奏会の中でも、お酒の席でも、この方のお話を聞いていると、本当に世界中をよく歩き、いろいろなものを見聞きしているということが感じられて面白いので、終演後、かつてNHKの「ラジオ深夜便」で放送された原稿をまとめたとかいう『心の旅 セレナーデはギターで』(自分流選書、1994年)という本を買った。
 今日は出張で仙台に行った。往復のバスの中で、この本を読んだ。夢中になった。途中、会議に出席していた間も、この本の存在が気になって落ち着かなかったほどである。波瀾万丈でありながら、地に足の着いたというか、ギターで音楽をすることへの情熱と、自分自身の感性に忠実でありたいという姿勢、そして人間に対する愛情に貫かれていて、本当に素敵な人生を送ってきたな、と思わされた。
 最も気に入ったのは、「パリジャン気質」という章だ。ここにあらすじを書くと興醒めなので、あえて書かないことにするが、著者が典型的な「パリジャン気質」の持ち主として称えるのは、サンジェルマンにある骨董屋の親父だ。この親父との数年間の交流を通して描かれるのは、結局のところ、著者自身でもある。まったく頑固で、自分の信念に対して妥協がない。どちらの人物も魅力的である。そして、中南米やスペイン、そして日本での様々な出会いと、ユニークな体験の数々・・・。
 音楽家はあくまでも音楽で評価すべきであることは、重々分かっているつもりだが、この本を読んで初めて見えてきた部分がとても大きいように思われ、お話をもっとじっくり聞きたいという衝動に駆られた。おとといの夜、他の人との話をするにも忙しく、著者とはあまり話さなかったことを後悔した。同時に、全盛期にこの人の演奏を聴いてみたかったなぁ、という思いが強く湧き起こってきた。CDを買うという手はあるのだけれど・・・なんだか、それでは値打ちがないような気もするな・・・。2度あることは3度ある。また、石巻でお会いできますように。