さて、私は大きな期待を胸に、買ってきたCDを聴いてみた。ところが困ったことに、普通の「春の祭典」に聞こえた。「え?この録音がどうかしたの?」という感じだ。聴き慣れていた「春の祭典」との違いに鮮やかな衝撃を受けることを期待していた私は、すっかり拍子抜けしてしまった。仕方がないので、この録音の特徴を聴き取るために、若干の作業をしてみた。
四国に携えて行った本『ピリオド楽器から迫るオーケストラ読本』と、「春の祭典」CDの解説書によれば、最も聴き取りやすいロト=シエクル盤の特徴、すなわち初演時の特徴というのは、以下のような点である。
・楽譜の違いは、スコア番号186(楽譜の最上部に打たれている番号。2~10小節刻みで間隔は一定しない。「春の祭典」の最後のスコア番号は201なので、186というのはかなり後の方である)の部分に最もよく表れている。現行の楽譜ではオーケストラがfff(フォルティティッシモ)、弦楽器はアルコ(弓で弾く)で管楽器と掛け合いになっているが、初演時はp(ピアノ)、弦はピツィカート(指ではじく)で一部の管楽器と重なって演奏する。
・楽器の違いについて、ロトは次のように言う。
「テューバは、ほぼ60センチの大きさのもので、今日、主要なオーケストラでよく聴かれるような、ほぼ1メートルの大きさのシンフォニー・テューバとはまるっきり違うものです。打楽器群も当時のものは、響きがまさっていて個性的です。『春の祭典』の初演で使用された細管のトロンボーンにも注目し、音を聴いてみて下さい。それは今日使われている太管のトロンボーンからはほど遠いものです。そのほか、金管楽器の中ではとくに、8本に及ぶピストン式のフレンチ・ホルンを挙げねばなりません。それらのサウンドの特徴は、はかなく、暗く、張り詰めたものです。」
「ガット弦についても言及するべきでしょう。スチール弦と比べて、それは驚くほど、はげしさや色合いを出せるものです。」
「春の祭典」の楽譜というのは、縦に30段も並んだ五線譜に細々とした音符がびっしりと書き込まれたものである。分厚く複雑に音が重なり合い、素人には、聴いて楽器を聞き分けるどころか、楽譜を前にしていてもどの楽器が音を出しているのか分からない、いやそれどころか、どこを演奏しているのか楽譜を目で追うだけでも難しいという箇所がたくさんある。「まるっきり違う」とか「ほど遠い」とか言われても、CDを聴いただけで、一つ一つの楽器の音の特徴が分かるわけもないのである。
そこで私は、我が家にある1967年版の、つまりは現行のスコアを開いて、上で言及されているような楽器ができるだけ裸に近い状態で出てくる場所をチェックし、その他、彼が本の中で言及している箇所を確かめ、彼の言及をメモした上で、改めてCDを聴いてみた。スコア番号186の現行とロト=シエクルの違いはさすがに分かったが、それも一瞬のことだし、楽器の音についてはまったく分からなかった。
そもそも、同じような現代のオーケストラの演奏でも、指揮者(解釈)や録音、再生環境の違いによって音は大きく変化する。確かに、言われてみれば、ロト=シエクルの演奏で、ホルンは抑制された響きがするのだが、これが楽器の特徴なのか、指揮者がホルンを抑えているだけなのかはまったく判然としない。
私は次の手段を考えた。比較のために、通常の現代オーケストラによる録音を聴いてみるのである。持ち出したのは、マゼール盤と私が長く愛聴してきたブーレーズ盤だ。マゼール盤は1981年録音(テラーク)、ブーレーズ盤は1991年録音(グラモフォン)で、時期が10年ずれ、録音会社も異なるが、どちらもオーケストラがクリーブランド管弦楽団なので、指揮者によって響きがどのように変わるかを知るためには、甚だ好都合なのである。(続く)