当惑、フーガって何?

 1ヶ月あまり前、ニコライ・カプースチンというロシアの作曲家について少しだけ書いた(→こちら)。その直後、その時には欲しい欲しいと思いながら、あまりにも高価で買いかねていた「24の前奏曲とフーガ」が一気に値下がりしているのに気がついた。私でもさほど抵抗なく買える範囲である。私は入手した。
 ところが、意外にも、これがなかなかに難解。「8つの演奏会用練習曲」や「変奏曲」を実に楽しく聴いていたにもかかわらず、同じカプースチンの曲にも聞こえない。なぜこんなに「分かりにくい」と感じるのだろう?と、しばし考えてみて行き当たったのは、「フーガとは何か?」という問題であった。
 ド素人である私の認識によれば、フーガとは、テーマが片手で弾かれたところで、もう片方の手で同じテーマが重ね合わされ、それが多少の変化をしながら複雑に絡み合っていく楽曲である。鼻歌を歌うことなど出来ない旋律の絡み合いの中で、あちらこちらからテーマが聞こえてきて、それが聞き手の集中力を引き出し飽きさせない。
 ところが、カプースチンのフーガはそうはいかない。理由は二つある。一つはテーマの不明瞭。そしてもう一つは、左右の手が同時に動き始める曲が少なくないことである。特に後者は重要。左右の追いかけ合いの要素が感じられないフーガはあり得ない。
 ふと気になって、久しぶりでショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」を聴いてみた。あのショスタコーヴィチが、信じられないほどシンプルでノーマルなスタイルで書いていることに、今更ながら新鮮な驚きを覚えた。やはり、フーガたるものこうでなければいけない、と安心した。
 調の配列も分かりにくい。バッハはハ長調ハ短調嬰ハ長調嬰ハ短調ニ長調ニ短調・・・と、ハ音を起点に、半音ずつ基音を高めながら、長調短調が交互に配列されている。ショスタコーヴィチは、ハ長調イ短調ト長調ホ短調ニ長調ロ短調・・・となれば、一見無秩序に見えながら、ハ長調イ短調は変化記号(♯や♭)なし、ト長調ホ短調は♯1個、ニ長調ロ短調は♯2個と、変化記号の数が一つずつ増えていくという単純で分かりやすい配列になっている。ところが、カプースチンと来たら、ハ長調嬰ト短調ヘ長調嬰ハ短調変ロ長調嬰ヘ短調・・・という具合で、ド素人には、どんな順番で曲が並んでいるのか皆目見当がつかない。付録の解説によれば、長調は「ハ長調から下属調方向に五度圏を巡ってト長調に達し」、短調も「嬰ト短調から下属調方向に五度圏を巡って変ホ短調に達する」と書いてある。なるほどそれなりの秩序だな、と思うが、なぜそのような配列にしたかは分からない。自力でその秩序に気付くことも難しい。なんだか、この曲の晦渋さを象徴しているようにも思える。
 同じく解説書は、「さまざまなスタイルのジャズのイディオムが縦横に用いられ」ているとしているが、練習曲集などに比べると、ジャズの雰囲気は薄い。
 と言うわけで、何度か繰り返し聴きながら、「フーガっていったい何?」ということは考えさせてもらえたが、これを聴いてますますカプースチンにのめり込む、ということにはならなかった。当分は、前回触れた「Nicolai Kapustin Piano music」で十分。一番のお気に入りとなっている「8つの演奏会用練習曲」を始め、代表作だけを繰り返し聴くことにしよう。