3回目は遠慮しよう

 9月8日、新型コロナウイルスのワクチン接種に関し、WHOのテドロス事務局長が、少なくとも今年末まで、先進諸国は3回目の接種(ブースター接種)を控えて欲しいとの談話を出した。新型コロナウイルスのワクチンについては、世界でこれまでに55億回の接種が行われたが、そのうち80%は先進国で行われたものである。テドロス氏は、8月上旬にも同様の求めを出していたが、その後、世界の接種格差に改善が見られないため、今回の談話に及んだという。私には、極めて良識的な配慮要求だと思う。
 新型コロナウイルス用のワクチンは、3つの製薬会社が作っている。これらの会社は私企業なので、その目的は利潤追求である。だとすれば、最も高く買ってくれるところに売るのが当然であろう。
 しかし、「仕事」というのは社会における支え合いであって、単に自分の利益が大きくなればそれでよいというものではない。赤字を出すわけには行かないが、利益が出ることによって得られる喜びは、社会的な喜びではない。企業にも、自分たちの仕事によって社会全体をどのように良くするのか、という哲学は求められる。
 今回のワクチン問題などは、そのためのいい練習問題だろう。少しでも高く買ってくれるところ、ではなく、全ての国において命の価値が等しくなるように、つまりは接種率に差が出ないように、会社としても供給配分を考えるべきだ。
 ところが、企業以前の問題として、政府がそのような配慮をしているかというと、決してそうではない。3回目接種を他国に先駆けて始めたイスラエルは、WHOの呼びかけに全く無反応で、その後も3回目接種を大々的に推進しているようだ。日本でも、先週の金曜日に厚労省で3回目接種をどうするかについての会議が開かれた。詳細は未定だが、2回目から8ヶ月経過、優先順位を付けるといった条件の下、3回目接種を積極的に進めるという結論が出た。会議の場では、WHOの呼びかけに配慮すべきだとの意見も出たようだが、結論には影響を及ぼさなかったようだ。「気にしないことにしよう」ということなのだろう。
 恥を知れ。私はそう思う。中世ヨーロッパにおけるペストのような感染率と致死率(少なくとも人口の30%=感染者の30%ではない)なら、まだ分からなくもないが、新型コロナウイルスは重症化率、致死率の非常に低い病気である。予防だけでなく、治療方法も続々と開発されつつある。先進諸国は、治療のための機器や薬品も発展途上国に比べて豊かだ。金の力にものを言わせて、ワクチンを自分たちの思い通りに、つまりは自分たちのために優先的に使おうという姿勢はあさましい。特に日本は、自国でワクチンの開発ができておらず、外国頼みなのだからなおさらだ。
 コロナ対策が政権維持、もしくは衆議院議員選挙勝利のためのの生命線で、そのためにはワクチンの接種率、更にはブースター接種の推進といった目に見えやすい政策が有効だと考えるとすれば、そして実際に、WHOの意見は無視して、それによってのみ国民が投票先を決めるとすれば、なんだか本当に情けない。