ここはドイツの空ではない

 年末年始に見た音楽番組の感想を簡単に書いておく。なぜ、今頃になったかというと、録画しておいて、暇のある時にちびちびと見ていたからである。
 ここで触れるのは、大晦日に放送された「クラシック名演・名舞台2022」と、元日のウィーンフィル、ニュー・イヤー・コンサートだけである。
 まず前者からは二つの場面。この年末年始に接した音楽の中で圧倒的に強い感銘を受けたのが、この番組で紹介されたラトビア放送合唱団によるマーラー交響曲第5番第4楽章、かの有名な「アダージェット」であった。今年の冬休みは、この曲に尽きる、と言ってよいほどだ。言うまでもなく、マーラーの5番は純粋な器楽曲である。声は入らない。ジェラール・ペソンというフランスの作曲家(1958年生まれで存命)が、作者不明の「ここはドイツの空ではない」という詩を使って、1997年に編曲したものらしい。
 歌詞の内容などはどうでもいい。なんという深い、豊かな感情が込められた音楽であろうかと打ちのめされる。マーラーによる原曲も文句なしに秀逸で、だからこそ映画にも使われ、この楽章だけが単独で演奏される機会もあるほどなのだが、合唱版の美しさ、深さはその比でない。合唱版こそがオリジナルで、それに感銘を受けたマーラーが器楽曲に編曲したのではないか、と思うほどだ。しかし、私も今回の放送で初めてこの曲の存在を知ったわけだし、決して広く知られているというわけではないのだろう。不思議だ。
 もう一つは、辻彩奈がバイオリン、アルゲリッチがピアノを弾いたフランクのバイオリンソナタである(第4楽章の後半のみ放送)。大御所アルゲリッチがピアノを弾こうという気になるのだから、よほど優れたバイオリニストであるとは想像が付くのであるが、確かに素晴らしい。ものすごく明確な強い意志を持って音楽をしていることが感じられて実に魅力的だ。後から調べてみれば、なんと昨年秋の「せんくら(せんだいクラシックフェスティバル)」に登場している(→それに行った時の記事)。「あ、しまった!」とは少し思ったが、まだ25歳の若いバイオリニストなので、今後聴く機会はあるだろう。
 アルゲリッチもすごい。御年81歳である。難曲として有名なフランクのバイオリンソナタのピアノパートを、年齢による衰えを一切感じさせることなく弾いている。2人そろって、驚くほど高いレベルのアンサンブルだった。
 次に後者。ニュー・イヤー・コンサートは、ハンス・ウェルザー・メストの指揮。今年はアンコールを除く15曲のうち、最後に演奏されたヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「水彩画」以外、全てニュー・イヤー・コンサートで初めて取り上げる曲ばかりだということが謳い文句になっていた。
 聴いてみて思ったのは、演奏されずにいた曲は、それなりの理由があって演奏されてこなかったのだ、ということである。1度聴いただけで、あまり確かなことは言えないが、何度も聴いてみたくなるような魅力を感じる曲はなかった。
 それよりも、この演奏会で印象に残ったのは、会場の誰一人としてマスクをしていないという音楽とは関係のない点であった。昨年、サッカーのワールドカップで、観客席にマスクを付けている人がいないということが話題になっていたが、それは西欧でも同様なのだ。理由は知らないが、ウィーンで感染者がいなくなった、ということではないだろう。長くマスク生活をしていることの弊害に気付いていて、そういう選択をしているのではないか?と想像した。
 今年は、日本でも、コンサート会場でのマスク着用や、密を避けるための退場制限みたいなものがなくなり、合唱も気兼ねなくできるようになるといい。