歩いて日フィル

 今週に入って、東北地方も梅雨入りした。絵に描いたような梅雨空が続いている。
 政治の世界では、衆議院の解散が連日の話題だ。見ているだけで具合が悪くなってくる。与党が勝てるタイミングを探しているだけだということが露骨に見えるからだ。こんな自分勝手な解散が、首相の専決として許されるとは信じがたい。もちろん、それでも見込み通り与党が勝つとすれば、バカなのは国民なのだけれど・・・。
 自分たちにとって都合のいい制度をいじるわけがないから、絶対に実現しないことではあるのだが、得体の知れない憲法の規定を改正をして、解散を合議によるものにしなければ・・・。

 さて、昨晩は石巻市の総合文化施設「まきあーとテラス」に、日本フィルの演奏を聴きに行った。今日のタイトルを「歩いて~」とはしたものの、それは過去に3回(都響、読響、山響)、そんなタイトルの記事を書いたからであって、昨日はちょっとした事情があって車で行った。
 日本フィルというオーケストラについては、かつて一文を書いたことがある(→こちら)。1972年にフジテレビと文化放送から専属契約を打ち切られ、労働争議を起こして苦難の道を歩いたオーケストラである。ただ、それは「塞翁が馬」。東京に居場所がなかったということもあり、全国に支援者を増やしたいということもあって、日フィルは田舎回りを熱心に行うようになった。これほど丹念に田舎を回った東京のオーケストラは他にない。テレビに出る機会がほとんどないにもかかわらず、全国の多くの人々がこのオーケストラを聴き、親しみを持っていたように思う。私も、高校時代に姫路で聴いたのを皮切りに、仙台の大学に入ってからは、毎年、仙台公演に足を運んでいた。ところが、労働争議が終わったからか、日フィルの地方公演は減り、私も2001年を最後に、このオーケストラの演奏を聴く機会がなくなっていた。昨日の演奏会は、実に22年ぶりの再会だ。
 私は市報だったか、「石巻かほく」なるローカル紙だったかで、この演奏会のことを知ったのだが、どうも変だな、と思いながら、それでも日本フィルだからと思ってチケットを買った。
 「変だな」というのは、まず第1にチケットが安すぎる。2000円である。指揮は海老原光、曲目はチャイコフスキーの「白鳥の湖」とあるのだが、江原陽子というナビゲーターなる存在がいて、「よくわかるナレーション&楽器紹介付きで楽しみませんか?大興奮のオーケストラ体験はご家族みんなで!」とチラシに書いてある。
 バレエのための音楽「白鳥の湖」は、全曲演奏すれば2時間では収まらない。それにナレーションや楽器紹介が付くとなれば、3時間にもなるだろう。だが、抜粋版とも組曲とも書かれていない。
 会場に入ると、「今日の演奏会は60分で、休憩はありません」みたいなことが掲示されている。はぁ、なるほど安いわけだ。客の入りは5割。演奏が始まると、ナビゲーターが話の筋やら楽器やらを紹介し、更に、聴衆に白鳥のまねをして手をこう動かせとか、舞踏会でのお辞儀の身振りをしてみろとか、カスタネットの音を手拍子でやってみろとか、とてもうるさい。小学校低学年くらいの子どもを連れて聴きに行くことが前提の演奏会である。私なんかは場違いな感じがした。チラシに、せめて抜粋版で、1時間だけのプログラムだというくらいは書いておけよ、と思った。
 というわけで、オーケストラが音を出していた時間は、正味40分くらいのものだったと思う。ところが、これが本当に素晴らしい。「まきあーと」の音響のせいでもあるのだろうが、柔らかく、美しい響きで、しかも凝縮された熱気のようなものが感じられる。日本最高のオーケストラではないかと思わせられるほどだった。だからこそ、なおさらナレーションによって音楽が遮られることが残念だった。
 私がかつて日本フィル大好きだったのは、素人的なひたむきさとプロの高い技術の両方をこのオーケストラが完璧に兼ね備えていたからである。もちろん、私は20年以上前のオーケストラの音を憶えていたりはしない。それでも、昔聴いた日フィルの音楽というのは、確かにこんな感じだったような気がした。
 あっけなく時間が過ぎたので、えーっ?これだけのためにわざわざ石巻まで来たの?と言いたくなった。あまりにももったいない。こんな演奏会は、15時開演くらいで「子どもの時間」にやって、夜はちゃんとしたプログラムで2時間じっくり聴かせてくれればよかったのに・・・。それでも、やっぱりいいなぁ、日フィル。