初冬の羽黒山

 昨日、子ども二人を連れて、私は年に1~2度しかしないドライブというのに出掛けた。なにしろ出来る限り石油は使わないというケチケチ生活をしている私である。物見遊山のために自家用車を使うなどというのは、基本的に許されないぜいたくだ。しかし、昨日は、いろいろと事情があって、400㎞近く車を走らせた。
 行ったのは山形県の西部、庄内地方である。

石巻7:35--鳴子--新庄--白糸の滝--11:45羽黒山(随神門から歩いて羽黒山頂往復)13:10--本明寺--大日坊--西川--(高速道路)--18:15石巻

 天気予報は最悪。強い寒波が来ることになっていた。庄内地方、いや山形県全域が雪模様で風も強そうだ。無理は出来ないなぁ、と思いつつ、私は一昨日、タイヤ交換を済ませた。子ども二人と私が同時に休みというのが、とにかく珍しいのである。
 冬型の気圧配置なので、我が石巻は晴れ。とにかく、行けるところまで行こうと家を出た。鳴子温泉の辺りから雪がちらつき始め、中山平温泉から本格的な雪となった。県境は不気味に薄暗く、雪が激しく降って、道路も圧雪と言うほどではないけれど、真っ白になった。最上町まで下りて変化がなければ引き返そうと思っていたら、間もなく急に青空が広がり始めた。その後は、青空かと思えば、激しく雪やあられが降るという状態で、一向に安定しない。それでも、私たちが外で行動している時は比較的コンディションがよく、子どもに見せたいと思っていたものは、見せることが出来た。
 最上川と白糸の滝はいいとして、まずは羽黒山だ。私もほぼ25年ぶりである。随神門前に並ぶ宿坊の様子がまったく変わっていないことは、感動的と言ってもよいほどだった。
 記憶というのはでたらめである。私は、随神門を入ってすぐに下りの石段があることも、下りきった所に含水層から水が噴き出す立派な滝(須賀の滝)があることも、山頂までの距離感も忘れてしまっていた。おかげで新鮮。
 国宝にもなっている五重塔は、1372年、すなわち約650年前に建てられたものだという。法隆寺の半分以下とは言え、豪雪地帯なおかつ湿気の多い谷間にあって、それだけの間朽ちることなく耐えてきたのは偉大である。
 五重塔は本来、仏舎利を納めるためのストゥーパである。現在は羽黒山神社の境内とも言うべき場所に建ち、場違いな印象を与える。しかし、調べてみれば、明治時代に神仏分離令が出る前は、周りに多くの仏教寺院があって、この五重塔も瀧水寺というお寺の一部だったようだ。
 今年春から来年秋にかけて修理が行われている。もっとも、ここは庄内である。冬に作業は出来ない。というわけで、撤去した足場が塔の横に置いてあった。あと数日、もしくは1~2週間早く来ていたら、足場が組まれていて、塔の全容を見ることは出来なかっただろうし、1~2週間遅かったら、雪が積もっていてたどり着けなかったかも知れない。名残の紅葉も含めて、いいタイミングで訪ねたと思う。
 今回の修理の中心は、屋根の葺き替えらしい。今年3~5層を、そして来年は雪解け後に足場を組んで、初層と2層の屋根を葺き替えるという。説明の看板には「柿葺」(こけらぶき=木の板葺き)と書かれていたが、私にはどうしても銅板葺きにしか見えなかった。なんだかすっきりしない。
 樹齢数百年以上の杉が立ち並ぶ石段は風情豊かで魅力的だ。ほどほどに散った落ち葉や、少し残った雪もその風情を強めている。石段は2,446段あるらしく、山頂は意外に遠かった。ポツリポツリと人が歩いている。山頂からはバスで下山するのだろうか。石段を下る人は一人も見なかった。
 山頂(414m)に建つ三神合祭殿は存在感のある立派な建物だ。三神とは、出羽三山それぞれの神である。厚さ2.1m、日本最大のかやぶき屋根を持つらしく、国の重要文化財に指定されている。
 バスの発車時刻までは40分もあるし、前回、山頂から随神門までバスに乗ったら、料金があまりにも高くて驚いた記憶があったので、今回はお参りの後、早々に歩いて下る。途中、わずか10分くらいだったと思うが、少し不安を感じるくらいの強烈なあられに降られた。石段に苔が生えていないのは幸いだった。苔が生えていたら、滑って怖かっただろう。(続く)