1999と2000

 我が家の水仙が開花した。不思議なことに、最も日当たりに悪いところに生えている水仙が、毎年最も早く開花する。ウグイスも盛んに鳴いている。今日は底冷えがして寒い一日だったが、やはり春なのだ。

 今日は余裕のある一日だったので、本当に久しぶりに牧山に走りに行こうかと思っていたが、天気が悪く、行こうと思っていたところで雨が降り始めたので止めた。その時間で、録画したっきり見ていなかった、NHK交響楽団第1999回(12月6日)と記念すべき第2000回(12月16日)定期演奏会の録画を見た。
 ともに首席指揮者ファビオ・ルイージの指揮、前者はハイドン交響曲第100番、リストのピアノ協奏曲第1番、レーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲」ほか、後者はマーラー交響曲第8番ほかである。
 前者については、ハイドンとリストがとても楽しい演奏。特にピアノのアリス=沙良・オットはよかった。父がドイツ人、母が日本人らしいが、演奏前のインタビューでは、とても流暢な英語と日本語を自然に切り替えながら話す(内容によって使いやすい言語が変わるのだろう)。表情が明るく、豊かだ。
 その表情は演奏中も変わらない。とても楽しそうに、まるで弾き振りでもするかのように、しばしばオーケストラに視線を向けつつ演奏する。なんでも14歳の時に、初めてオーケストラをバックに弾いた協奏曲がこのリストの1番で、今回は10年ぶりなのだそうだ。カーテンコールの時も含めて、音楽の喜びが発散している。
 音楽はあくまでも聴覚によって鑑賞する芸術である。しかし、このように映像があると、その影響を受けることは避けられない。例えば、今回の演奏をFMで聴いた時に、私がどのような印象を持ったかは、想像することも難しい。そして、テレビで彼女の演奏を見ていれば、どうしても演奏そのものが楽しさと喜びに満ちたものと感じられる。
 アンコールとして、サティのグノシエンヌ第1番が演奏された。この少し風変わりな曲は、リストの協奏曲とは少し不似合い。演奏もドライな感じで、グノシエンヌの少し場末めいた雰囲気とは違和感があった。
 N響定期もついに2000回。我が仙台フィルはまだ370回だから、想像を絶する積み重ねだ。オーケストラの歴史が長く、年間の定期演奏会の回数も多い(N響は27回、仙台フィルは9回)ので、その差は広がるだけだ。
 第1000回で、サバリッシュがメンデルスゾーンの「エリア」を振ったのもテレビで見た記憶がある。私が大学時代、1986年10月のことである。そして第2000回はマーラー。もちろん、この音楽史を代表する大曲は、その記念公演にふさわしい。
 俗に「千人の交響曲」と言われるこの曲の演奏に接する時、最初に気になるのは、何人で演奏するのかなぁ?ということだ。言うまでもなく、「千人の交響曲」とは、1910年にミュンヘンで初演された時、演奏に参加したのが1000人を超えていたことによる。
 映像を見た瞬間、ずいぶん少ないな、と思った。私がざっと数えたところでは、せいぜい350人といったところだ。この曲を演奏できる最少人数に近いだろう。やはりこの曲は、ステージ上のメンバーが客席に押し寄せてくるかと思われるような圧倒的迫力が欲しい。
 しかし、演奏を聴くと、見た目の印象による物足りなさが、ほぼ完全に解消された。新国立劇場合唱団、さすがはセミプロ(専属ではないが、出演の際には手当が出る)である。テレビで見る場合は、録音の問題もあって、会場で聴いているのと同様のバランスかどうかはよく分からないのだが、十分な声量である。
 ルイージの解釈がどうこう、という気にはならない。どのような解釈であっても、技術的にしっかりさえしていれば、名曲は名曲として人を動かすものである。私は第1部が大好き(→過去の記事)。第2部は少しぬらりくらりした感じで、しかも、大規模な編成が生かし切れていない感じがする。それでも、チェレスタやハープが響き、最弱音で清澄な空間が準備されたところで始まる厳かな「Alles Vergängliche ist nur ein Gleichnis~」から、終結に至るまでの高揚感と迫力は素晴らしい(→関連記事)。演奏はそんな「千人」の美点を十分に伝えていた。あえて言えば、ルイージには暗譜で振って欲しかった。指揮者が楽譜に目を落としている時間は、伝わる力の大きさが少なくなる=緊張感が低下するように思う。暗譜であれば、もっと高揚感は大きかっただろう。これも、第1999回について書いたのと同様、あくまでも映像があるからこそ、の問題に過ぎないのだけれど。
 今のペースでN響が歴史を刻むと、第3000回の記念公演は37年後の2060年である。私は98歳。まず間違いなく生きてはいない。いや、それよりも人類そのものが生存しているのであろうか?昨今の世界情勢を見ていると、そんな心配が兆してくる。音楽の喜びを味わうことの出来る、平和でゆとりある世の中が続きますように。