食と農を考える講演会

 今日の午後は、市の複合文化施設(市民会館)「まきあーとテラス」に、東大教授・鈴木宣弘氏の講演を聴きに行った。「食と農を考える講演会」と銘打った実行委員会方式の講演会で、演題は、「迫る!!日本の食料・農業危機 ~ 食料安全保障をどう守るか~」。
 食料安全保障と言えば、温暖化を始めとする環境問題と共に、私が以前から最も強い危機感を持っている分野である(→参考記事)。鈴木氏はその分野における第一人者、と言うよりは、政府批判の急先鋒である。元々は農水省の官僚だった方だが、おそらくは「だからこそ」、政府のやり方に問題を感じ、それを大声で指摘しているのだろう。
 私がこの講演を知ったのは、わずかに1週間ほど前であった。学校にチラシが届き、高校生には無料券をあげますよ、とのことだった。見てびっくり、会場はなんと1200名収容の大ホールで、しかも、入場料が1000円もする。信じがたいほど強気の講演会だ。ははぁ、おそらくJAあたりが強力に動員をかけるのだろうな、と思った。
 結局、聴衆は400人ほどだったのではないか?(チケットは500枚売れたような話を、講師が少ししていた)。それでも、1階席だけで400人入ると、あまり閑散とした感じではなかった。小ホールが300人収容だから、確かに大ホールを使うだけの価値はあったのである。
 話は、最初から最後まで徹底した政府批判だった。アメリカの言いなり、特に、欧米人が危険視して買わない食料品(遺伝子組み換え作物や防かび剤まみれの穀物など)、危険視して使わない農薬の押し付け先になることを、日本政府は積極的に引き受けているという問題意識が強かった。
 話はとても面白い。滑舌の関係で少し聞き取りにくい部分もあるのだが、淡々とまったく表情を変えることなく口にする冗談がなんともおかしい。もちろん、それが大事な部分ではない。面白いというのは、あくまでも interesting なのだが、それは国民の命と健康よりもアメリカ、更に言えばアメリカの大企業を大切にする政府の動きに対する「恐ろしい」と「腹立たしい」を併せ含む interesting だ。
 ただし、さほど耳新しい話があったわけではない。なぜなら、かつて読んだ堤未果『日本が売られる』(幻冬舎新書、2018年)に書かれていることと、話が大きく重なり合うからである。もっとも、私が読んだことがないだけで、鈴木氏には『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文春新書)なる著書もあって、それが出版されたのは2013年。また、堤氏にしても鈴木氏にしても、私の知らない他の文章もたくさんあるだろうから、どちらがどちらをパクったとかの関係は分からない。掘り下げて考え、調べる人間であれば、同じ部分に目を付けても不思議ではない。知ってしまえば、大声で訴えずにはいられない。堤氏や鈴木氏が問題にしているのは、そんな深刻な問題である。
 100分の講演終了後、わざわざ第2部として質疑の時間が設けられていた。日本では珍しく、けっこう多くの人が手を上げた。実は私も手を上げたのだが、時間の都合とかで、私に回ってくる前に打ち切りになってしまった。私が聞こうと思ったのは、次のようなことである。

1「講師が江戸時代は食糧自給率が100%だったと言っていた。それはいかにも『日本だってやれば出来る』という感じに聞こえたが、江戸時代の人口は末期で3000万人と推定されている。講師は、人口が1億2千万人でも、農業政策が適切に策定されれば、自給率100%を達成することが可能と考えるか?また、現在の農業は石油と化学肥料によって生産性を上げているが、仮にそれらを輸入しなかった場合はどうか?更に、100%達成が不可能である場合、日本の国土で養える人口の上限をどれくらいと考えるか?」

2「講師は、現状を変えて行くためには、政策をどのように変えなければならないかというような話は多くしていたが、それらを決定しているのは国民が選んだ政治家である。本当に大切なのは、まともな政治家を選ぶことの方だと思うがどうか?また、農政に関してまともな政治家というのは誰(どこにいる)と考えるか?」

 二つ目の問題については、他の人の質問に答える中で、ほんの少しだけ触れていた。もちろん、具体的な政治家名を口にしたりはしない。単に、まともな政治家を選ぶ必要性を口にしただけである。
 聞くところによれば、鈴木先生という方は全国から講演に引っ張りだこだそうである。それは明るい材料だ。それでも、おそらく自民党の強さというのは容易に変化しない。実に不思議なことである。私は今までにも繰り返し書いているけれども、石油と食料が永久に欲しいだけ輸入できるという前提で国作りをしていくことは、非常に危険である。今日の話を聞いていて、その気持ちはますます強くなった。
 元々500円に設定してあった高校生を無料(希望者にチケットを無料配布)にしたが、私の勤務先でも希望者は現れず、知人の学校でもゼロだったそうである。会場を見回しても、高校生らしき姿はなかった。高校生の社会意識の低さは絶望的だ。一方、農政批判の講演にこれだけの人が集まり、しかもJAの動員で嫌々来た感じではなく、質問にも多くの手が上がったということには希望を感じた。それにしても、日本の政治はひどい。