生徒総会と35%



 月曜日に生徒総会があった。非常に低調な総会で、特に後ろの方に座っていた人にとっては、何がなんだか分からないうちに終わってしまったというのが実感ではなかっただろうか。あれで今後一年間の活動方針が決まったことになるのも困ったものだ、と思いもしたが、その時、妙に心に引っ掛かったことがある。それが「35%」という数字だ。

35%、正確には35.58%、これは生徒総会の前日に行われた宮城県知事選挙の投票率である。当たり前だが、このことは宮城県に住む大人(有権者)100人につき64〜65人が棄権したことを意味する。理由はそれぞれあったに違いない。しかし、その理由がどのようなものであれ、私には深刻であると思われる。これは「誰が知事になってもいいよ」というのみならず、「誰が知事になろうが、俺の知ったことではない」ということであり、更には、極言すれば「県政なんて、どこかで誰かがやることだ」ということである。

 社会はみんなで作っていくものだと思う。そして、素晴らしい社会が出来たら、みんなで誇りにすればいいし、悪い社会が出来たら、みんなで反省して責任を負えばいい。しかし、始めから参加を放棄し、社会を他人任せにしてしまうのは無責任である。そんな人が65%もいたのだ。そしておそらくは、こういう人に限って、世の中がうまくいかないと文句を言うのだろう。

 私は一人の大人として、このような大人の現実をたいへん情けなく思うし、そのため、低調な生徒総会に文句を言う気にもならない。子供は大人を見て育つのである。しかし、諸君が大人の真似をするのではなく、青年らしい批判精神により、それを「他山の石」「反面教師」として、よりよい生徒会活動を作り出し、健全な有権者へと育ってくれることを、かすかに希望してしまうのだけれど・・・厚かましい、よね?