アメリカの組閣・仮想現実・加藤周一



 師走である。最近のいくつかの出来事に触れることから始めよう。

 アメリカの次期大統領オバマ氏が組閣を進めている。大統領選挙も大変だったが、この1ヶ月以上かけての組閣というものに、私は改めて感心している。こうして生まれた大統領や閣僚の辞任の話を耳にすることはまれである。一方、日本では、10月だかに就任した首相に、早くも短命論がささやかれ始め、早いもので、引責辞任の大臣も既に出てしまった。急がば回れ、しっかりしたことをしようと思えば、手間と時間を惜しんではいけないと諭されているような気がする。にもかかわらず、アメリカが今まで行ってきた政治的決定、施策が立派なものだったとは全然思えない。人の世は何と難しいことだろうか。

 日本では、信じ難いような動機による殺人事件が、たびたび世の中を騒がせる。困ったものだと思っていたところ、先週、ブログに「文部科学省の局長らを殺す」と書いた東大卒のニートの男が逮捕された、という記事が目に止まった。取り調べに対して、「理想を持って勉強してきたが、教科書の内容と違う現実があるのを知り、文科省に詐欺をされたと感じた」と語ったという。ゲームやネットにおけるバーチャルリアリティー(仮想現実)が人間の成長に与える悪影響というのがよく問題になるけれど、教科書の内容も同様であって、はまり込んでしまうと「現実」が見えなくなる、それは注意を要することだ、とは気付かなかった。これは私にとって「滑稽な」ニュースに属するのだが、まだそういう感想を述べることが許される程度の常識感覚は、少なくとも一高の中にはある・・・よね?

 先週〜先々週にかけて、いろいろな訃報に接した。社会的に著名な人から、ほとんど無名ではあるけれども、私としては面白い、もしくは好奇心を刺激される人まで様々だったが、極めつけは、一昨日の朝刊各紙に大きく取り上げられた加藤周一氏(89才)であった。東大医学部を出ながら、思想・文芸分野で大きな業績を残した人である。氏の『日本文学史叙説』には、私も大学時代に感銘を受け、熱心に何度も何度も読んだ。すばらしい日本文化論だと思う。晩年は、護憲運動に取り組み、存在感を示していた。また気骨のある、昭和を代表する知識人が一人消えたというのは、実に寂しい。合掌。