沖縄訪問記(3)・・・海と水族館



 沖縄と言えば「海」である。確かに海は美しかった。ラグーンとなっている浅瀬は、特に遠目に見ると、海底の状態によって様々な色のグラデーションとなり、印象派の絵を見ているようだった。

 しかしながら、ホテルの近くのビーチに出てみると、興ざめなことに、浜の一角がオイルフェンスのようなもので区切られ、そこだけが遊泳区域として指定されている。見れば、他のビーチもそのようになっているようだ。フェンスの外では、水上バイクやバナナボートを引いたエンジン付きの船が走り回っていて騒々しい。もちろん、熱帯魚が群れをなしているどころか、魚影は一切ない。

 ホテルの窓からは、遊泳場所として指定されてはいない美しいビーチが見えている。人はほとんどいない。あそこはだめなのかなあ、ほどほどに岩もあって魚がいそうだなあ、と思い、ダメ元で行ってみると、遊泳指定区域ではないが、泳ぐのは各自の責任で・・・みたいなことが書いてあって、禁止されているわけではないらしい。見れば、青やら黒やら黄色やらの熱帯魚がけっこう泳いでいて、こちらこそが沖縄の海と言うにふさわしい。難点は、潮が引くと、波打ち際から50m以上行っても、深さが膝までにしかならないという極端な遠浅である。泳ぐと言うより、魚を観察しながら水遊びといった感じである。それでも、日差しの強さに閉口しつつ、魚を餌に集めながら、しばし南の海を楽しむことが出来た。

 四阿(あずまや)で一休みしながら、地元のおじさんと話をしていたところ、「昨日、名護市でオコゼに刺されて人が死んだから注意しなさい。ハブクラゲも危ないよ」と言われて驚いた。オコゼと言えば、擬態の名人の代表選手で、そんなものが浅瀬にまでいてはおちおち海で遊んでなんかいられない。また、ハブクラゲとはなんと恐ろしげな名前であろうか!「ビーチ」のオイルフェンスには、マリンスポーツとの関係だけではなく、危険生物対策の意味もあるらしい。

 ホテルに戻ってから新聞を見てみると、「深さ50cmの浅瀬で、ダイビングのインストラクターがオコゼに刺され、わずか数分で心肺停止を起こし、死亡した」とある。過去にオコゼ類に刺されて死亡した例は1件、とあるので、運が悪かったとしてあきらめるしかない程度の確率ではあるが、他に、海洋危険生物による死亡事故としては、ウミヘビ8件、アンボイナ貝6件、ハブクラゲ3件があるという。いくら確率は低いと言っても、そのような話を聞いてしまうと、なんとなく気になって楽しくない。

 8月5日、この日は特に天気が思わしくなかったので、「美ら海(ちゅらうみ)水族館」へ行った。覚悟はしていたが、信じられないほどの人でごった返していた。沖縄という日本の片隅の、その中でも県庁所在地から車で2時間もかかる辺境に、これだけの人が集まるというのは驚異である。もっとも、これくらいの人が来ないと、なかなか維持していくのが大変な大がかりな施設だ。

 ここの大水槽は一見の価値がある。魚類の観察というのではない、落ち着いた深い青の光の中を、ジンベイザメやマンタ、マグロ類が悠然と泳ぐ姿は究極の「美」と言ってもよいほどに美しいものである。光りきらめく動く絵、といった感じだ。幼い子供たちでさえ、けっこう長い時間、じっと見入っていた。行く前は、なんだかミーハー的な感じがして少し抵抗もあったのだが、沖縄に行ったからには訪ねてみる価値のある場所だ、と感心した。


 仙台から沖縄を往復する飛行機は、早い時期から窓際の座席を確保してあった。往路は、雲と飛行経路と座席位置との関係で奄美大島の北端くらいしか見えなかったが、復路は、沖縄本島から北東に続く奄美諸島がよく見えた。特にラグーンを持っている島は美しい。その昔、鹿児島県を飛び立った特攻隊機は、トカラ列島から奄美諸島を目標物として沖縄の海に向かったという。私は彼らが飛んでいた高度の3倍以上の高さから、逆の方向に島影をたどって眺めていたわけだが、彼らはどのような気持ちでこの美しい景色を眺めていたのだろうか。戦跡に始まり、海と水族館に浮かれた私は、旅行の最後に、沖縄という場所の歴史的な意味と重さを改めて考えながら仙台に帰って来たのである。(完)