北上市陸上競技場とパナマ運河



 7月4日に書いた通り、異動してから肥満傾向が加速し、危機感を感じたので、「おやつ」断ち+ジョギングで3kg減量を目指した。これは、思いの外うまくいって、既に2kg以上の減量に成功し、BMI22.0は目前となってきた。

 さて、その際、ジョギングの動機付け(目標)として、10月10日の北上市民マラソンへの出場というのも同時に宣言していた。というわけで、大会が約3週間後に迫った三連休の初日、3名の若き同僚達と、コースの下見へと繰り出した。天気は上々である。東京出身のW先生などは、岩手県に足を踏み入れるのが初めてだ、などと言い出すものだから、何だかみんなテンションが高い。

 ところが、スタート地点(北上市陸上競技場)直後から既に道を間違える(どこがコースか分からない)という情けない事態となってしまった。私は国土地理院発行の2万5千分の一地形図を最も信頼し、自分の読図能力もこの地形図を基準として培ったのであるが、残念ながら石巻では北上市のそれが手に入らなかったので、主催者がPDFで公表しているコース地図だけを手にして行った。これが間違いの元であった。

 しかし、最初こそゴタゴタしたものの、その後はだいたい順調にコースをたどり(全て車)、ゴールである競技場に戻った時には、一同42kmの長さというものを再認識して重い気分になっていた。

 終了後、北上市内の書店で2万5千分の一地形図を入手し、最初に道を間違えた原因がはっきりした。国道4号線を南から来て、左折してから三度右折して競技場に行ったので、競技場正門は東向き、スタンドは南向きと思っていたのだが、左折後の道が、実感よりはるかに大きく左にカーブしていて、結果として90度曲がっていたため、正門は北向き、スタンドは東向きになっている。

 ところが、道を間違えた理由がはっきりしたにもかかわらず、困ったことに、この現実をどうしても私の心が受け付けない。何度地形図で確認しても、頭に思い浮かべると正門は東向きになってしまう。

 登山などをしていると、地形図とコンパスに基づく判断が、自分の感覚と一致しない場合というのが時々ある。その場合、大抵は、後者を前者に合わせるのである。ところが、ごくまれに、どうしても地形図による判断を心が受け入れられないということがある。地形図に基づく判断とは言っても、地形図を前にして判断しているのは自分の認識(心)なのだから、本当は地図も感覚も対等だ、などと思い始めると収拾がつかない。

 面白い体験がある。

 私は、1988〜9年に駆け足中南米旅行をした時に、パナマという国に立ち寄った。パナマ運河で有名な、あのパナマである。旧市街の端っこ、フランス広場という所に行くと、パナマ運河から出て来る船が遠くに見える。 なんとものんびりとした光景である。私は、実にくつろいだ気分で、しばらくぼんやりとその光景を眺めていた。ところが、ある瞬間、ふととんでもないことに気付いたのである。それは、船が東に向って進んでいるということだ。何度太陽の位置を確認しても、確かに、運河から出て来る船は西から東に向って進んでいる。

 太平洋と大西洋との関係を考えてみると、どうしても前者は後者の西にある。従って、太平洋に出て来る船は、西向きに進んでいなければならない。私は、あわてて宿に戻り、地図を確認した。すると、それまで気付かずにいたのだが、中米はパナマの所で極端にくびれた形をしている。そして、一見、運河はパナマ市の北で、東の大西洋と西の太平洋を結んでいるように見えながら、丁寧に目を凝らして見ると、運河はパナマ市の南で、西の太西洋と東の太平洋を結んでいるではないか!(びっくりしませんか?)

 私はこの驚くべき事実を冷静に受け入れようと、再びフランス広場に戻った。そして、運河から東の太平洋へと進む船を見て、葛藤の末に感じたのは・・・・吐き気であった。何度繰り返して事実の確認をしても、私の心は、太平洋が大西洋の東にあるということを受け入れられず、急性の心身症を起こしたのである。

 ひどく大げさな感じもするが、北上市陸上競技場の地理的状況に関する私の違和感は、その時の混乱を思い出させた。 もっとも、本番当日は、誘導に従って走ればいいだけの話で、東も南もないのだろう。

 車による下見では、気の遠くなるような距離だったが、これは前任校の約42kmの強歩大会でも同じこと。実際に走ってみると、そんなに長い距離ではない。私がたじたじとなったのは、むしろ、コースのあちこちで目にした、試走をしていると思しき、私などとは似ても似つかぬプロめいたランナー達の姿であった。