地方私鉄の魅力と哀しさ・・・十和田観光電鉄



 週末、家族で青森県まで行っていた。三沢と十和田市を結ぶ「十和田観光電鉄(十鉄=とうてつ)」というローカル私鉄が、年度末で廃止になるというので、見に行ったのである。雪が降る前の季節で、週末が二日続けて空いているのがこの週末しかなかったし、一人で行くのは家族にひんしゅくを買うと思い、「温泉」を餌に誘い出しての涙ぐましい(?)電車見物であった。

 十和田観光電鉄には、1971年8月に一度乗ったことがあり、おぼろげな記憶はあるが、実質的には「知らない電車」であった。

 正直に白状する。私は、最近の言葉で言うと、いわゆる「鉄男君」である。ただし、そのレベルは低い。決して「鉄道マニア」でも「鉄おた」でもない。幼い頃の「乗り物好き」を別にすると、小学校4年生の時に『時刻表』の見方を知ったのが、多分その起源である。以来、親の許しを得ては鉄道に乗りに行き、使った切符はすべて持ち帰って保存し、写真を撮り、『時刻表』からダイヤを書いたり、机上旅行にふけったりしていた。私の視力が極端に低いのは、『時刻表』と「地形図」ばかり眺めながら小学校〜中学校を過ごしたためだと、今でも思っている。高校時代は、同級生と「鉄道研究会」を結成して、鉄道の追っ掛けをしていた。以後、今に至るまで、鉄道には心ときめくものを感じ、無理のない範囲で「乗る」のも「見る」のも好きである。

 高校の「鉄道研究会」に所属していたメンバーは、それぞれが「専門」というのを持っていた。私は、何事につけても「よろづや」なので、専門など決められないのだが、何かに決めろと言われて、「ローカル私鉄」と言った記憶がある。高校生ながら、田舎をがたがた走る古びた鉄道に風情と愛着とを感じていたのである。

 さて、十和田観光電鉄とは、青い森鉄道(旧東北本線)の三沢と十和田市とを結ぶ14.7キロの電化私鉄である。通常運転されている車両は、ステンレス製の無愛想なもので、既に廃止されたものまで含めても、福島交通飯坂線(これは現存)とともに、東北で最もつまらない鉄道に属する。それでも、これだけローカル私鉄の少なくなったこの時代である。ほとんど記憶にないローカル私鉄となれば、やはり行ってみないわけにはいかない。

 車で三沢駅まで行き、このようなものに何の興味もない妻に車を回送してもらい、私は息子の手を引いて電車で十和田市へと向う。「廃止前に一度」というファンとしては不謹慎なほど軽い気持ちであったが、十鉄三沢駅の古めかしいたたずまいに少し感動し、自動券売機ではなく、駅員さんが硬券(昔ながらの固い厚紙の切符で、乗車時にハサミを入れる)を売ってくれたところで感動が大きくなり、十和田市からの電車が来た時、駅のすぐそばの踏切が、いかにも人がバチで鐘を叩いているかのようなチンチンチンという音を出したところで、テンションは急激に上がった。車体にこそ魅力は感じないものの、ローカル私鉄の香りが濃厚に漂ってくる。これは確かにローカル私鉄なのだ。

 日曜日は三本木農業高校前で通過電車を見送った後、車両基地のある七百駅で、構内の車両を見物。折しもこの2日間「ふれあい感謝フェア」というのが行われていたため、特別に運転された古い車両が三沢に向って出て行くのを見送り、それなりに満足して帰って来たのであった。私は、行く直前に十鉄のホームページに目を通したのだが、うかつにもこのイベントに関する記事を見落とし(「フェア(=販売会)」などと命名してあるから悪いのだ)、貴重な電気機関車や貨物車が線路を走るのを見逃してしまった。それでも、さほど強い後悔も落胆もない。駅にも沿線にもカメラを構えたおびただしい鉄道ファン(中年以上が多いのに驚く!!)が詰めかけていた。私などが、ファンの端くれにもならないいかに小さな存在であるかは、この一事でも明らかである。

 昨年12月に東北新幹線が青森まで開通し、十鉄の地元にも「七戸十和田」という新幹線駅がオープンした。それと行き違うように、大正時代に開通したローカル私鉄が姿を消す。「観光電鉄」とは名付けられていても、観光客は新幹線の駅からバスや車で観光地へ直行するはずだ。また、沿線に三つの学校(三本木農業高校、十和田工業高校、北里大学)があるとは言え、最初から最後まで幹線道路と併走し、14.7キロ(JRなら230円)で570円もするという現状を見ると、確かに存続は難しいだろう。しかし、鉄道が通じ、そこを列車が定時運転されていることの安心感はとても大きい。ノスタルジーでしかないのだろうが、効率だけではなく、情緒というものも人間が心豊かに生活するためには必要なものだと思う。

 思えば、私が小学校時代から今に至るまで、熱心な鉄道ファンになり切れず、むしろ愛好の度合いを少しずつ低めているのは、新幹線が開通するたびに、列車のバラエティーが失われ、新幹線と普通列車だけのピカピカで生活臭のない単純な鉄道風景が増えてきたことに大きな原因があると思う。東北に残されたたった三つの正統なる(←JRが切り捨てて3セク化されたものではない、という意味)ローカル私鉄のうち、本当に味わい深い二つは、どちらも青森県にある。津軽鉄道弘南鉄道だ(もう一つは、前述の福島交通)。なんとか生き残って欲しいものだと思う。